ソロ活動が始まり、タレントとして多忙な日々を送るなか、青森の自宅に戻れるのは週に一度ほど。帰ったときは、りんご農家の友達を手伝うなど、青森ならではの時間を大切にしている。
「東京で過ごす時間が増えたことで、自分が何を本当に大事にしたいのか考えたり、一歩引いたところから青森を見られようになった。ますます青森が好きになった1年だったと思います」
22年が特別な年になった理由は、もう一つ。「Rakuten GirlsAward 2022 SPRING/SUMMER」で、念願のモデルデビューを果たした。小学生のころ、青森のショッピングモールで開かれた小さなショーでドレス姿のモデルを見て、母に「これやりたい」とせがんだ。だがプロダクションに入ってアイドルとして活動するうち、いつしかランウェイの夢は心の奥にしまいこんでいた。
「中学生くらいまでは東京に行きたい思いもありました。今は地方にいるけど、それを言い訳にしないで、全国に注目してもらえるよう青森から発信していこうって。でもだんだん、自分の目標よりも青森県とかりんご娘っていうものが大事になって、そのために頑張るようになって。だから、誰かのためなら無限の力が出てくるけど、自分のために頑張るってピンと来なかった。今回、モデルっていう自分の目標が叶ったのは新鮮で、自分のために頑張るって楽しいんだって思いました。りんご娘の卒業は悲しい出来事でもあったけど、新しく出会った人たちが、私に新しい風を吹かせてくれてるなと思います」
実りある22年を経て、今年はさらなる飛躍の年へ。王林は既に動きはじめている。大学の卒業論文でテーマにした「青森の伝統工芸品の販路拡大」を実現すべく、津軽塗のイヤリングなど、ジュエリーやアパレルブランドのプロデュースに力を入れる。その裏には、切実な思いがある。
「王林のおじいちゃん、津軽塗の職人さんだったんですけど、食べていけるだけのお金にならないこともあってやめちゃったんですよ。当たり前だったものがなくなることのリアルな感情というか、王林たちの世代が問題意識をもたないと青森の良いところが本当になくなるかもしれないんだってそのとき思いました。文化だけじゃなくて、青森らしい景色も守りたいから、今、古民家か蔵を買いたいなと思ってます」