昨年の箱根を制した駒大の大八木弘明総監督

 実はこのフレーズが物議を醸した。ジェンダーの観点から、選手たちに男らしさを過剰に要求しているのではないか、という議論が起きたのである。

 取材をすると、監督のこの言葉を待っている選手たちがいた。苦しくなったことを叱られているわけではない。それは監督と選手だけの間に通じる「合図」のようなもので、この言葉を聞くと最後の力を振り絞れると話す選手が少なくなかった。

信頼関係のもとの言葉

 外野からは「ジェンダーを盾に叱っているのではないか?」と感じられる言葉だとしても、時間の積み重ねによって築かれた信頼には別の意味が生まれる。指導者と選手の間に回路が通じていれば、叱咤激励はパフォーマンスを向上させる場合もある。

2023年の夏の甲子園を制した慶應の森林貴彦監督

 では、日本で長く愛されてきた野球はどうか。1月26日に初回が放送された宮藤官九郎脚本のドラマ「不適切にもほどがある!」で、主演の阿部サダヲ演じる中学の体育教師は、野球部の顧問。劇中、ノックによるしごきが描かれ、ミスが起きれば「連帯責任!」といって「ケツバット」が連発される。もはや笑ってしまうほど誇張された演出だが、40年ほど前まで、野球ではこうした指導がたしかに存在した。その根本にあったのは指導者側の「叱って、しごくからこそ、お前たちは競争を勝ち抜ける」という論理である。

 しかし時代は変わった。23年夏の甲子園の決勝は、森林貴彦監督率いる慶應と、連覇を狙った須江航監督の仙台育英との対戦となり、時代が大きく変化していることを示した。

 私は慶應の練習を取材した時に、指導陣と生徒たちのフラットな関係性に驚いた。もう5年前のことだが、森林監督が練習メニューを説明した後、当時の主将が「この練習は必要ないと思います」と言い、監督と対等に会話を交わしていたのだ。

 さらに驚いたのは、森林監督が主将の話をひと通り聞くと「試合でこの状況になる確率が低いなら、この練習はやめて、他のことをして構わない」と言ったことだ。もはや、叱るとかいう話ではなく、高校生と真摯に向き合い、コミュニケーションを図る姿に感銘を受けた。根底にあるのは「信頼」だと森林監督はいう。

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