ジメっとした暑さが体にこたえた今年の夏も、いよいよ終盤戦にさしかかっています。七十二候では≪蒙霧升降~ふかききり まとう~≫を迎え、暦の上では霧が発生しやすい時節となりました。朝や夕の空気の涼しさに立ちこめる霧。あたりを覆いつくすような霧に包まれると、なんだかちょっぴり心細く、寂しくなるような……。そう、夏の終わりがもうそこまで迫っているのです。

水蒸気を含んだ空気が冷えて、空中に白煙のように立ちこめる「霧」

都心ではあまり見ることができませんが、例えば、高原や渓谷、海辺へ行ったとき。立ちこめてくる神秘的な霧に包まれた記憶はありませんか。
「朝霧」「夕霧」「夜霧」「霧雨(きりさめ)」「濃霧(のうむ)」……「霧」といえば、そのほとんどが秋の言葉。放射冷却が起こりやすい秋に多くなる霧ですが、春や夏にもよく発生し、春は「霞(かすみ)」、夏は「夏霧(なつぎり)」などとも呼ばれます。
「霧」とは、地表や海面付近で大気中に含みきれなくなった水蒸気が凝結し、ごく小さな水滴となって浮遊する現象。この水滴が光を反射したり吸収したり散乱させたりするために、視界が白っぽくなってしまうのです。気象台では、視程(見とおせる距離)が1キロメートル未満の場合を「霧」、それ以上の場合を「靄(もや)」と呼び区別しています。
霧の種類も発生のメカニズムも様々で、例えば以下のような霧があるようです。
◎「蒸発霧(じょうはつぎり)」
水面から蒸発する水蒸気が、冷たい空気によって冷やされ生ずる霧。風呂や熱い飲物から上がる湯気と同じ原理で、空気の冷たい冬の川に多く発生し「川霧(かわぎり)」とも呼ばれます。
◎「移流霧(いりゅうぎり)」
暖かく湿った空気が流れこんできたときに、冷たい水面や地面によって冷やされ発生する霧。暖かい初夏の海に多い霧で、「海霧(うみぎり・かいむ)」などがその代表的なもの。
◎「滑昇霧(かっしょうぎり)」
水蒸気をふくんだ空気が山の斜面にそって上っていったとき、山の上で冷えて発生する霧。地上から見上げると「雲」になります。
(上空に浮かんで見えるものが「雲」で、その中に人が居て包まれる場合は「霧」になるんですね)

◎「放射霧(ほうしゃぎり)」
晴れて風の弱い日の夜から朝にかけて、ぐっと冷えこんだときに発生。重く下方へ下がる冷たい空気がたまりやすい、盆地や谷に多く見られます。
(出典&参照/e-気象台:霧の話より)

一年のうち約100日ほど霧が発生する「釧路」は、霧にけぶる北国の街

霧の街と言えばロンドンと、そう思い浮かべる方も多いと思いますが、日本にも、霧におおわれた趣深い街があります。
――その街は、「釧路」。年間100日に迫るほど頻繁に霧が発生し、とくに6月から8月にかけてが多く、夏の日の約半数で霧が観測されているとのことです。
親潮と黒潮のふたつの海流と太平洋高気圧からの南風の影響から、釧路に押し寄せるのは「海霧(かいむ)」。そんな海からやってくる海霧のほか、川からの蒸気霧などもあり、釧路の夏は霧に閉ざされる天候が多いのです。
環境省が全国から集めた「かおり風景百選」にも、霧が運ぶ潮のかおりが満ちる風景として、「釧路の海霧」が選定。霧が最も多く見られる7月の終わりには、「くしろ霧フェスティバル」も毎年開催されています。
釧路の街の中心部近くにかかる幣舞橋(ぬさまいばし)が、濃霧にけぶる情景は映画のワンシーンのようにロマンチック。また、道東の太平洋岸(えりも岬~釧路市~浜中町~納沙布岬まで)の海岸線は「海霧街道」とも呼ばれ、海沿いの道を走るドライブコースとして人気です。日本最大の湿原・釧路湿原をはじめ霧多布(きりたっぷ)などの観光名所も、夏の時期は霧たっぷり。気象によってはあたり一面が水墨画の世界へと変わるような、幻想的な瞬間に出逢うこともあるでしょう。

「朝霧は晴れ」という諺(ことわざ)も。そんな「朝霧」で有名な兵庫県・佐用町

朝、霧の濃い日は、晴れになるという諺があります。
朝早くに放射霧が出やすい日は、高気圧の中心付近にあり、風が弱く、晴天という気象条件がそろい、昼間は晴れてくるという場合が多いことから生まれた諺です。
とくに盆地では、早朝に周囲の山から冷気が降りてきて白い霧となりあたりに溜まります。そのとき山の上から見下ろすと、盆地の中だけがすっぽりと雲海に覆われている絶景を見ることができるのです。
そんな「朝霧」で有名な土地の一つが、兵庫県・佐用町。
夏は次々と開花するひまわり畑の景観で名高い佐用町ですが、水清らかな佐用川沿いにある盆地という地形から、秋から冬にかけて「佐用の朝霧」と呼ばれる霧を、はんなり風雅にまとう地域です。
(佐用町上空を飛ぶ早朝便に乗った場合、このエリア一帯だけが白い霧におおわれているのを見ることができるとも聞きます)
ほか大分県の湯布院や、広島県三次市など、全国各地には霧の名所が多くあります。訪れる際は、当サイトで濃霧注意報&警報も事前にチェックしてくださいね。

ひんやりとした空気のなか、あたりの色彩を奪いつつ、立ちのぼる霧。冷たく湿り気を帯びた霧の匂いが、呼吸をするたび胸から身体いっぱいにしみわたります。視界を遮るような濃い霧がひとたび心の中に立てば、人は道を見失い迷うことも。けれども、霧は移ろいやすく淡いもの。いつしか消え、頭上には澄みきった青空が広がることでしょう。
そんな儚くもミステリアスな霧に、巡りくる秋の気配を感じる時節です。

※参考/水の名前(内山りゅう著 平凡社)
釧路地方気象台 釧路の霧について(下記リンク先)
北海道ファンマガジン 釧路について(下記リンク先)