ライバルの刺激で、表現者から競技者へ。ところがGPファイナル後からの2週間は、むしろ不調に陥った。
「競技者として戦いたいと思った以上ジャンプも必要。ジャンプの練習回数は倍以上になりましたが、上手くいかず、ストレスを溜めていました。楽しい練習ではなくなっていったんです」
不安なまま迎えた本番
しかもジャンプにこだわると、スケート靴の感触にも敏感になった。靴からブレードを取り外して角度を変えたり、足首をテープで固定したり、練習のたびに試行錯誤した。
「自業自得なのですが、柔らかいスケート靴が好きなので3年間変えていなくて。(靴を)気にして良かったことがないのに、ジャンプを目指したときに、気にし始めてしまいました」
安定した練習を積めないまま、全日本選手権の会場入り。12月21日のショートは不安なまま迎えた。
「長野に来てからの練習のたびに靴の感覚も違っていて、全部のジャンプが不安定でした。その中でも、(コーチの)ステファン(・ランビエル)から直前にアドバイスを聞き、スピードを落とすとか、『4回転+3回転』を『4回転+2回転』にするとか、判断していきました」
冒頭の4回転フリップを着氷すると、4回転+2回転の連続ジャンプ、トリプルアクセルを決め、パーフェクト演技。幸せそうに微笑むランビエルコーチに出迎えられた。
得点は104.69点で、2位に10点以上の差をつけての首位。不調など感じさせない結果だった。
「この状況のなかでよくまとめたなと。長年のキャリアかなと思います」
しかし得点を称賛されても、手放しでは喜ばない。
「本当は、ジャンプがどうこうとか考えたくなくて、『プログラムのここを見てほしい』という余裕を持って演技したいんです」
ジャンプにこだわると決めたはずが、表現者としての魂も忘れていない。自分の立ち位置を模索している様子だった。(ライター・野口美恵)
※AERA 2024年1月22日号より抜粋