光石:そうだったんだってね。

松下:右も左もわからなくて、監督にも結構怒られることがありました。でも、光石さんはじめ、主演の竹野内豊さんや山野海さん、渡辺哲さんら皆さんが本当に優しくて。できない自分への苛立ちはもちろんありましたけど、テレビって面白いな、と思っちゃったんですよね。その後は、舞台を中心に活動していたので、僕にとってのテレビの原風景は、あの時です。

光石:うんうん。みんな仲良かったしね。

松下:はい。ドラマの中で、光石さんは自動車整備工場の社長役で、僕は新入りの修理工役でした。ある日、僕ら修理工が遅くまで車を修理している姿を、階段から下りてきた光石さんが「あいつらまだ頑張ってるんだな」という優しいお顔で見つめるというカットの撮影がありました。僕は、その時の光石さんのお顔を今でも鮮明に覚えています。なんて素敵な表情なんだ、と思って。自分もこういう表情ができる俳優になりたいと強く思いました。

光石:ふふふ。ありがたいね。当時、スタッフ陣はみんな洸平くんに目がハートだったんですよ。ミュージカルをやってるから歌がすごいんだぞ、舞台で活躍してるんだよ、と何度も聞いたし、プロデューサーらもこぞってモニターに釘付けでね。その時から、人を惹きつけるものを持っている方でしたね。さらに、絵も描くし、デザインすることも好きだと知って、いわゆる芸事や創作活動において、表現者として長けた人だな、と。それは最初からすごく思ってたよ。

松下:そんなそんな、ありがとうございます。

 ドラマが終わってからは光石さんにお会いすることがなくなってしまったのですが、時々テレビのお仕事をいただいた時は、台本を開くと必ず光石さんのお名前を探してました。

 僕は32歳の時にNHK連続テレビ小説「スカーレット」に出演し、少しずつ顔を覚えていただくことができました。同時にインタビューを受ける機会がすごく増えたんですよ。「尊敬している俳優」「お世話になった方」について聞かれると、いつも光石さんのお名前を出させていただいてました。

光石:それは、ものすごく聞こえてきてました。「何かあげたの?」とか聞かれたよ(笑)。

松下:いい思い出をたくさんいただきましたよ(笑)。

光石:そう言ってもらえて、ものすごくうれしいですよ。この業界で、長くやってるといいことあるもんだな、と思いましたね。まず30歳近く年齢の違う人に、名前を覚えていただいているなんて、そんな幸せなことはないでしょう。見たことあるけど、何をやってた人かわからない、なんてことが普通ですから。

 洸平くんは、本当にいい階段の上り方をしている。芸能界に入って一気にバーッと行く方もいらっしゃって、それはそれでとても素敵なことだけど、長い目でみるとやっぱり地肩をつけておいたほうがいい。20代で舞台の経験を積まれ、朝ドラで注目を集めるという、いい歩みを重ねてきたな、と。

松下:ありがとうございます。今では、すべて必要な時間だったんだなと思っています。

(構成/編集部・古田真梨子)

※AERA 2023年12月25日号

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