(c)2021 ADAMIANI Film Partners
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 東ジョージアのパンキシ渓谷。キスト(チェチェン系ジョージア人)と呼ばれるイスラム教徒たちが暮らす牧歌的な谷は、チェチェン紛争で「テロリストの巣窟」と汚名を着せられてきた。ゲストハウスを営むレイラ、元戦士でガイドのアボなど谷で生きる人々の3年間を追ったドキュメンタリー「アダミアニ 祈りの谷」。竹岡寛俊監督に本作の見どころを聞いた。

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 高校生の時に9・11が起こり、以来「善悪二元論」のようなものをずっと疑問に思ってきました。テレビ番組の制作会社でADをしていた2010年に旅行者として初めてパンキシを訪れたんです。夕方に到着して路地をうろうろしていたら、キスト人が「寝るところがないのか」と招いてくれて、村人の家で10日ほどを過ごしました。危険な場所だとはまったく感じなかった。ニューヨークの街角のほうが危険だと思います。風景も人もどこか懐かしくあたたかかった。滞在先のおばあさんが「暴力的な民族」とされていることをすごく悲しんでいたんです。「いつかこの谷を世界で一番平和な場所だと言えるようにしたい」と。その手伝いをしたい想いが本作につながっているかもしれません。

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 14年にキストの人々の暮らしを追ったドキュメンタリー番組を作り、本作に登場する戦士アボに出会いました。最初はカメラを嫌っていましたが、観光客のバルバラと出会い彼女と一緒に会社を始め、大きく心境を変化させていきます。そして16年にゲストハウスを準備し、女性たちで観光協会を立ち上げようとするレイラと出会い本作の撮影を始めました。

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 撮影では彼らとの信頼関係を築くことが全てでした。「こういう人だ」と決めつけるのではなく出会うたびに変わっていく彼らの姿をそのままに映そうと決めました。撮影を進めるうちにレイラは戦争で失った息子たちのことを話し、アボは戦地に行かない自身への葛藤を見せます。人にも土地にも複雑なレイヤーがあり善悪や敵味方で単純に測れるものではありません。ウクライナ侵攻もガザの悲劇も同じです。本作で彼らと一緒に時を過ごすことで、遠く離れた地の人々に心を寄せ、その状況に思いを馳せてもらえれば嬉しいです。

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(取材/文・中村千晶)

AERA 2023年12月11日号