AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
『本の栞にぶら下がる』は、『82年生まれ、キム・ジヨン』など、数々の話題作の翻訳を手がける著者である斎藤真理子が綴った、25編の読書エッセイ。漱石と李光洙、後藤明生、永山則夫、オーウェルなど、韓国文学にとどまらない古今の本を取り上げる。文学に刻まれた朝鮮と日本の歴史をたどり、埋もれた詩人や作家に光を当てる。人間が疫病や戦争に向き合ってきた記憶は本の中で読まれる時を待っている一冊となった。斎藤さんに同書にかける思いを聞いた。
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多様な韓国文学が刊行され、ブームを超えた人気が定着する中で、ひときわ信頼を集めているのが翻訳家・斎藤真理子さん(63)だ。
話題となった初の著書『韓国文学の中心にあるもの』に続く本書に登場するのは、韓国文学はもちろん、漫画、フランス文学、詩、漱石、田辺聖子や茨木のり子など、幅広いジャンルの本と作家たちだ。
「私は書評が苦手で、書き終えても満足感がないんです。『十分に紹介もできず、かといって書きたいことも書けていない』と思ってしまう。読書していると、書評には書けないけれど、自分にはとても印象的な文章が見つかったりするんですよね。その一文で本を読んで良かった、と思えるような。この本は、そうしたきわめて個人的な事柄でできています」
斎藤さんは〈一冊の本に他の本の記憶がぞろぞろとぶら下がり、連なり、揺れている。そんな眺めについて書こうと思う〉と、綴る。
たとえば本書のはじまりでは、『チボー家の人々』と高野文子の漫画『黄色い本』のつながりが語られる。本書の装画も手掛けている高野の『黄色い本』は、1970年代と思しき日本の地方都市で、黄色い表紙が印象的な『チボー家の人々』を夢中になって読む、高校生女子の物語。舞台となっているのは「新潟だ」と、斎藤さんは指摘する。