記者会見の場で公開された対戦カード抽選会には、全国44チームの代表者が参加した。すでに大学生や社会人となった元高校球児が、もう一度、白球を追う(写真:あの夏を取り戻せプロジェクト提供)

 3年前の夏、コロナの影響で夏の甲子園大会が中止となった。不完全燃焼の夏に終止符を打つべく、元高校球児たちが聖地・甲子園に集結する。AERA 2023年11月27日号より。

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 人生の多くの時間を費やし、情熱を傾けてきた目標が突如奪われたとしたら──。

 呆然(ぼうぜん)となり、生きがいを失い、自暴自棄になる人もいるだろう。3年前の5月、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って発表された「夏の甲子園大会中止」の決定は、これを目標にしてきた全国の高校球児にとって、まさに「絶望」だった。

 しかし、その絶望を乗り越え、人生を前に進めるための挑戦が今年立ち上がった。その名も「あの夏を取り戻せプロジェクト」。発起人は現在大学3年生で、3年前に涙をのんだ元高校球児・大武優斗(21)だ。

 小学1年生から野球に打ち込み、「甲子園のために生きてきた」大武は、夢への挑戦さえ許されない運命を恨み、深い喪失感の中に沈み込んだという。中止の現実を受け入れるために、毎日触っていたバットとグラブをしまい込み、目に触れないようにした。高校を卒業し、大学生活が始まっても、当時の仲間と会えば最後は必ず「俺たちだけなぜ」とうなだれた。

夜行バスで全国回った

 通称「甲子園」、全国高等学校野球選手権大会は翌年から再開されたが、後輩たちを素直に応援できない自分が嫌になった。

「もう夢や目標に向かって努力しようという気が起きない。なぜならどんなに努力したって、一瞬で夢が消えると知ってしまったから」と口にする仲間もいた。

「まだ人生は長く続くというのに、このままじゃ前に進めないと思いました。不完全燃焼に終わった“あの夏”に終止符を打つために、甲子園の地での試合開催を実現しようと、高校同期に呼びかけることから始めました」

 県境をまたいでの移動が制限された2020年夏には、甲子園に代わる「独自大会」が各都道府県で開催された。その優勝校の元球児につてをたどって連絡を取り、夜行バスや鉄道の格安切符を駆使して説明に回った。声をかけたのは計49チーム、約1千人。交通費がかさんで食事もままならず、「食パン1枚で1日過ごしたこともあった」という。

「自分たちが立ち上がる姿を見せることで、全ての同世代に勇気を届けよう。あの夏を取り戻すだけじゃない。超えてみせよう」

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