当然、二十代の頃とは違い、今の私は良心的な美容皮膚科医が見かねるほど肌が疲れているのだろうから、美容に多少の時間やお金をかけることは無駄ではないんでしょう。ただ、全く必要でない頃にさんざんいろいろやってきたことで、そういうことへの興味が良くも悪くも減退している私は、同年代の友人たちにあれこれ勧められてもかなり渋い反応しかしなくなりました。もともと女子たちが元気な消費主体としてなんとなくイイ女になるための資本主義の魔法を試すことは好きなので、友人たちがどんなに怪しげな美容法を試していたり、ものすごく高額をかけたりしていても別にそれが無駄とは思いません。しかし自分の腰は余程のことでないと重くて上がりません。
余程、とはこの場合、やっていて楽しいとか気持ちいいとかそういうことです。たとえば私はピアスや刺青が好きだったせいか、肌になんかを刺すのは全然苦痛ではなくむしろ好きなのでビタミン注射や肩凝り注射は、半分は刺すのが気持ちいいからという理由でたまに受けます。化粧品は長く同じものを使うとか運命のものを探すという考えは一切なく、買い物を楽しめる範囲で旅行の時などたまに大量に買ってそれを消費する日々です。匂いがいいとか広告が素敵だとかそんな理由で選びます。ピーリングやハイフなど、定期的に受ければきっと肌艶などがよくなると聞いても、そんなに楽しくなさそうというか、やっている気持ちのよさより効果や将来的な負担減を謳うものにはあまり食指が動きません。その代わり、リンパマッサージや温泉は好きだし、スリランカまで行ってスパでアーユルヴェーダを受けるみたいなことは今もします。