――ニュースサイトに交際報道が出たのは、2022年11月のことだ。直後、SNS上ではバッシングが起こった。引き合いに出されたのは、2017年の「総選挙」で9位にランクインした際、壇上で行ったスピーチ。スキャンダルをネタにするかのようなメンバーの行為を批判的に語ったかつての自身の言葉が引用され、その本人が起こしたスキャンダルだと批判された。
岡田:自分が発した言葉の責任は、大きかったですね。自分の口から出た、言葉のブーメランだと思いました。
AKB48の総選挙には、そこでの発言が後世に残されていくという一面があるんです。2017年の総選挙では、前日に仲の良いメンバーとそれぞれスピーチを考えていて、「見出しになるようなワードを言ったほうがいい」という話になって。私はそのとき、「風紀委員」的な感じで見られていて、それを生かしたほうがいいかな、とか、朝4時まで考えて、そのスピーチを話しました。
壇上で話したのは、「今のAKBグループは、スキャンダルだったり、問題を起こしてそれをネタにしたり笑いにしたりして、そこから這い上がるメンバーがよく見られます」「そういう人がいてもいいと思うけど、それをマネしていいとは絶対思わない」「真面目に頑張ってトップを取ると信じているし、真っすぐに頑張っている人が報われるようにグループを変えていきたい」といった内容でした。
もともと私は完璧主義なところがあって、実際、当時は不誠実な仲間の行動に対して、批判的な視線を向けていたところがあります。
ただ、特定の誰かを指したつもりはなかったんですが、当日壇上で結婚を発表したメンバーがいて、それを非難したみたいに受け取られてしまったことも、当時はショックでした。
そして、あのときの発言が5年後の自分に返ってくるなんて、思いもよらなかった。今は、あの時の自分は未熟だったと思います。跳ね返ってきた言葉なのだから、自分の責任として受け止めていかなければと思っています。
卒業は以前から決めていた
——報道直後の11月23日には、AKBからの卒業を発表している。卒業は、報道やバッシングと関係があるのでしょうか? そう問うと、きっぱりと「それは違います」と否定した。
岡田:恋愛禁止という掟を破ったから、「罰として辞めさせられたのでは?」とか、「バッシングで心が折れて卒業したの?」と思っている人もたくさんいると思います。でも、そうではないんです。報道が出たのが2022年の11月ですが、8月にはもう、ソロでデビューすることを見越して、2023年の秋に卒業することが決まっていました。
その年、地方でMVの撮影中に「もっと笑って」「もっと元気に」という指示に違和感があって、いま私がやりたいことは、カメラに向かってニコニコ元気に笑うことじゃなくて、違うことだと、そのときにはっきり気づいてしまったんです。その瞬間に辞めようと決心して、その日にスタッフの方に意思を伝え、秋元康先生にも「卒業したいです」とLINEで伝えました。そうしたら、「いいよ」と言ってくださって。