先祖代々の頭蓋骨と記憶を継承して生き続けていく「ご先祖様」
先祖代々の頭蓋骨と記憶を継承して生き続けていく「ご先祖様」

 それ以外にも高所や閉所、先端、視線、クモ、ヘビなど人間が恐怖を感じる対象はじつに多種多様だ。こうした恐怖は、個人的体験に起因するものだけではないらしい。我々人類の祖先が直面した天敵や病気災害などの危機の記憶がDNAに刻まれており、誰もが本能的に恐怖を感じてしまうという説を聞いたことがある。そこから「先祖代々の記憶を受け継いでいる人間がいたらどうなるだろう」と想像を巡らせて、『ご先祖様』を描き上げた。ちなみに、『ご先祖様』の頭の上に先祖の頭蓋骨が連なっているビジュアルイメージは、カナダの先住民族の彫刻であるトーテムポールからヒントを得た。

緻密で正確な作画が恐怖に現実感を与える

 作品の中でそういった「ボディホラー」をテーマに描くときは、なるべく正確に描くことに執心している。例えば、『肉色の怪』で母親がずるりと皮を脱ぎ捨てるシーンは、医学生が読む解剖学の本を参考にしながら描いた。また、個人的にいちばんよく描けたと思うのは、『うずまき』で桶の中でうずまき状になって死んだ父親だ。実際にはああはならないと思うが、手足や胴体の比率や配置が、通常の人体と矛盾しないように注意を払って描いた。現実にはあり得ない異形の存在を描くのに、正確さも何もないかもしれない。しかし、「ひょっとすると自分もこうなってしまうかもしれない」という不安や想像力を掻き立てられるところに、恐怖は生まれるのだと思う。

伊藤潤二さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・東川哲也)
伊藤潤二さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・東川哲也)
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伊藤潤二

伊藤潤二

高校卒業後、歯科技工士の学校へ入学し、職を得るも、『月刊ハロウィン』(朝日ソノラマ)新人漫画賞「楳図かずお賞」の創設をきっかけに、楳図氏に読んでもらいたい一念で投稿。1986年、投稿作「富江」で佳作受賞。本作がデビュー作となり、代表作になる。3年後、歯科技工士を辞め、漫画家業に専念。「道のない街」「首吊り気球」「双一」シリーズ、「死びとの恋わずらい」などの名作を生みだしていく。1998年から『ビックコミックスピリッツ』(小学館)で「うずまき」の連載を開始。その後も「ギョ」や「潰談」など唯一無二の作品を発表し続け、2017年には漫画家生活30周年を迎えた。

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