それ以外にも高所や閉所、先端、視線、クモ、ヘビなど人間が恐怖を感じる対象はじつに多種多様だ。こうした恐怖は、個人的体験に起因するものだけではないらしい。我々人類の祖先が直面した天敵や病気、災害などの危機の記憶がDNAに刻まれており、誰もが本能的に恐怖を感じてしまうという説を聞いたことがある。そこから「先祖代々の記憶を受け継いでいる人間がいたらどうなるだろう」と想像を巡らせて、『ご先祖様』を描き上げた。ちなみに、『ご先祖様』の頭の上に先祖の頭蓋骨が連なっているビジュアルイメージは、カナダの先住民族の彫刻であるトーテムポールからヒントを得た。
緻密で正確な作画が恐怖に現実感を与える
作品の中でそういった「ボディホラー」をテーマに描くときは、なるべく正確に描くことに執心している。例えば、『肉色の怪』で母親がずるりと皮を脱ぎ捨てるシーンは、医学生が読む解剖学の本を参考にしながら描いた。また、個人的にいちばんよく描けたと思うのは、『うずまき』で桶の中でうずまき状になって死んだ父親だ。実際にはああはならないと思うが、手足や胴体の比率や配置が、通常の人体と矛盾しないように注意を払って描いた。現実にはあり得ない異形の存在を描くのに、正確さも何もないかもしれない。しかし、「ひょっとすると自分もこうなってしまうかもしれない」という不安や想像力を掻き立てられるところに、恐怖は生まれるのだと思う。