ミッツ・マングローブ
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 ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの連載「今週のお務め」。20回目のテーマは「谷村新司さんと『昴』」について。

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 私が子供だった頃、正月は父の上司の家で催される新年会に家族揃って出向くのが、我が家の恒例行事でした。その上司宅には8トラックの家庭用カラオケ機があり、タバコの煙が充満した応接間で、程良く酔っぱらった大人たちがそれぞれの「十八番」を歌う光景は、今も私の中にある「正月の原風景」のひとつです。

 宴を締めくくるのは、毎年必ず誰かが歌う「昴」でした。この曲は、アリスが人気絶頂を極めていた1980年にリリースされ大ヒットした谷村新司さんのソロシングルで、瞬く間にシナトラやプレスリーや裕次郎などと並ぶ「中高年サラリーマンのカラオケ定番曲」となりました。

 子供の私にとっては、長らく「新年会で聴く曲」でしかなかった「昴」ですが、改めてその楽曲、さらには谷村新司という歌手を認識したのが、1987年の紅白歌合戦でした。

 時代はバブル景気真っ盛り。娯楽の多様化に伴い、降下傾向にあった番組視聴率を回復させるべく、87年の紅白では、それまで常連だったベテラン勢や人気若手アイドルたちが落選し、新たに「オペラ」「シャンソン」「ニューミュージック」といった、幅広いジャンルの歌手たちが選出されました。

 もはや「ニューミュージック」という言葉自体が形骸化し、何の新しさもなくなっていた87年。それでも敢えて 「ニューミュージック」を高らかに謳ったNHK。そしてその代表格として、満を持して紅白初出場をしたのが谷村新司さんだったのです。
 

 歌唱曲はもちろん「昴」。すでにリリースから7年が過ぎ、美空ひばりさんを始めとする多くの歌手にカバーされ、アジア各国でも広く親しまれるスタンダード曲となっていましたが、初めて紅白の舞台で歌われたことにより、いよいよ「昴」は完全無欠の国民歌となり、その後も91年の大トリを含め、2002年までの間に5回も歌唱されています。
 

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