大学卒業後、五輪を目指して競技を続けるか、それとも社会人として引退するかの二択で悩んでいたとき、荒田の目に飛び込んできたのがレッドブル主催のクリフダイビングだった。
ただ単純に、日本人で誰もやっていない競技であったということも、元来目立ちたがり屋だった荒田の性分に合っていた。だが、荒田が惹かれたのはそれだけではなかった。
今まで荒田が経験していた飛込競技は、どの会場に行っても変わり映えのしない飛び込み台から、同じように飛び込むだけのものであった。練習と同じことを、同じような場所で同じように何度も繰り返す『再現性』が何よりも重要視される競技が、飛込競技だ。
もちろん、飛込自体にも魅力は十分にあった。練習をした分だけしっかりとそれが結果に反映されるし、何よりも入水が決まって“ノースプラッシュ”だったときの快感は、競技の楽しみのひとつであった。
だが、荒田が目にしたクリフダイビングはそれを超越するものだった。試合によって変化するロケーション。1本飛ぶ度に、選手たちがお互いを称え合う。失敗してもほかの選手たちが笑顔で迎えてくれて、素晴らしい演技をすれば拍手とハグが待っている。競技、というよりも、どこかフェスのような雰囲気に魅了されたのである。
就職か五輪か――。それ以外の選択肢があることを知った荒田は、迷いなくそこに飛び込んだ。
同年、様々なツテを通じてオーストリアにある、当時は唯一であったハイダイビング施設(現在は中国にも同様のハイダイビングトレーニング施設ができた)でのトレーニングに参加できることに。
ハイダイビングの落下速度は約85kmに達し、水面から受ける衝撃は10mから飛び込んだときに比べて約9倍。常人には想像もつかない衝撃を受ける。そのためハイダイビングは脚から入水するのだが、しっかりと体幹を締め、両脚を揃えておかないと、股関節を脱臼しかねないほどの衝撃を受けるし、少しでも角度がずれて頭を水面に打ちつけると、簡単に脳震盪を起こしてしまうほどだ。