そこで相談なのだという。

「今、投資家がハルメクという会社に投資をするということは、山岡がいればこそだ。山岡がいずれいなくなる可能性があるとなっては、投資を呼び込めない。山岡も株を何パーセントか買って株主になってくれないか」

 一株100円。山岡は自分の出せる資金2400万円を投じて24万株を買うことを決意する。株全体の3パーセントにあたる。宮澤は、約244万株を銀行借入などで取得し、筆頭株主になった。その10カ月後の2021年6月に山岡は取締役に昇進する。

 ハルメクホールディングスは、2023年3月に東京証券取引所グロース市場に上場した。公募価格は1720円。初値は1900円を超えた。

 上場をしたのは、規模が拡大しているためにシステム投資に資金を必要としていることもあった。また、新聞社は、紙の定期購読で部数が上向いているということで、せっせと山岡を研修会に招いているのだが、会社としては、あと10年もすれば市場はまた大きく変わると考えている。現在の50歳は社会に出たときにウィンドウズ95が発売になっている。シニア女性ということで、現在は紙で読者をとっているが、いずれウエブにうつっていくだろう。そのために、デジタル有料版である「ハルメク365」を始めている。これに対する投資も必要だ。

 山岡は、新聞社に呼ばれて話をすることはありがたいことだと考えている。しかし時々、本当にこの人たちは変わろうという気があるのか、と疑問に思うこともあるそうだ。

 ハルメクの再生劇は、実はメディアの買収が可能だということから始まっている。オーナーが創業したシニア女性向けの通販と雑誌の会社を、ファンドが買収したところから、大きく変わることができ、最終的には、自分たちの会社として独立することができた。

 日本の新聞社の場合、日刊新聞法という法律があって、株式の譲渡を定款によって制限できることから、買収がきわめて難しい。

 言論の自由を守るためと導入された規制だが、しかし、それが、ずっと同じタイプの人たちがメディアを経営するということになり、変化を阻んでいる。

 そういったところから根本的に考えることでしか、「ハルメク」の事例は、いくら話を聞いても参考にはならない。

 
 下山進(しもやま・すすむ)/ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。主な著書に『2050年のメディア』(文春文庫)など。

AERA 2023年10月23日号

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。標準療法以降のがんの治療法の開発史『がん征服』(新潮社)が発売になった。元上智大新聞学科非常勤講師。

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