斎藤美奈子(さいとう・みなこ)/1956年、新潟県生まれ。文芸評論家。1994年『妊娠小説』でデビュー。2002年『文章読本さん江』で第1回小林秀雄賞受賞。おもな著書に『戦下のレシピ』『名作うしろ読み』『文庫解説ワンダーランド』『日本の同時代小説』などがある(撮影/小山幸祐)
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 AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

 日本の近代文学の主人公である青年たちの多くは、恋を告白できずに片思いで終わる。たまに恋が成就しても、ヒロインは難病や事故などで、なぜか死んでしまうのだ。『出世と恋愛 近代文学で読む男と女』の著者である斎藤美奈子さんは「日本の男性作家には恋愛、あるいは大人の女性を書く力がないのでは」と喝破する。近代文学が日本の精神風土にどのような影響を与えたか、『三四郎』『金色夜叉』『不如帰』『野菊の墓』などから読み解いていく。斎藤さんに同書にかける思いを聞いた。

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 夏目漱石『三四郎』、森鴎外『青年』、武者小路実篤『友情』──本書に登場するのは近代文学の中でも名高い青春小説、恋愛小説の数々だ。

 こうした作品は「大人になって読みかえすと、思わぬ発見や面白さがある」と、斎藤美奈子さん(66)は言う。

「古今東西の文学は『出世と恋愛』を大きなテーマとして描いてきました。近代日本の青春小説には、黄金のパターンがあります。主人公は地方から上京してきた青年で、都会的な女性に魅了されるが、振られます」

 恋愛が成就するとどうなるか。

「恋愛小説にもパターンがあって、主人公には相思相愛の相手がいるが、なんらかの理由で二人の仲はこじれ、彼女は若くして死にます。言いかえれば恋愛に踏みこんだ女は作者の手で殺されるんです」

 確かに『野菊の墓』も『不如帰』も、失意のうちにヒロインは死ぬ。たかが小説──と言えるかもしれないが、多くの作品に共通するパターンがあるならば、そこには当時の社会状況や作品を支持した読者の存在を見るべきだろう。

「本で取り上げているのは100年前の小説だから、慣れるまで多少の忍耐力は必要ですね。一人で読むよりも、SNSで作品についてコメントしあうとか読書会をやったほうが面白いかもしれません。ツッコミどころがたくさんある半面、名作として残ってきた作品には強さがあるので、侮れません。『不如帰』と『世界の中心で、愛をさけぶ』が難病ものという共通点があるとか、発見があると思います」

 すっかり文庫で見なくなった近代文学だが、青空文庫などネット上で無料公開されている作品も多い。実は、近代文学にアクセスしやすい環境が整っているのだ。

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