本書には『女工哀史』の著者・細井和喜蔵のプロレタリア青春小説『奴隷』や宮本百合子『伸子』も登場する。二人の作家の作品と他の近代文学との違いも興味深い。

「数多く描かれた青春小説、恋愛小説ですが、日中戦争が始まると黄金のパターンは崩れていきます。とくに太平洋戦争の時代になると、国民も巻きこまれる総力戦ですから、出世や恋愛どころではない。戦争が若い人にとってどれだけ残酷か、よくわかります。15年戦争は日本の文化を根こそぎ破壊しました。近年、話題になった吉野源三郎『君たちはどう生きるか』のコペル君は、のちに学徒出陣する世代なんですよ」

 では最近は──といえば、「出世や恋愛ははやらない」と斎藤さん。

「今の若い人は生きていくだけで大変だから、将来の夢を語れないし、恋愛も非常にしにくいですよね。アニメ作品ですが『君の名は。』のように、お互い入れ替わるとか、並行世界で時間がずれているとか、SF的な仕掛けがあることで、ようやく恋愛が成立する。いずれにしても大人としては若者たちを応援したいですね」

(ライター・矢内裕子)

AERA 2023年10月16日号