焼き鳥にモツ、赤提灯、狭い路地に立ち込める煙や匂い......。線路脇やガード下に広がる「横丁」と呼ばれる場所には、狭い空間ながらも日々多くの人たちが集い、その存在は、近年では若者たちにも人気となっています。
終戦直後に主要駅周辺で自然発生的に広まった、ヤミ市をルーツとする横丁。東京都内においても、上野の「アメヤ横丁」、新宿の「思い出横丁」、渋谷の「のんべい横丁」、そして吉祥寺の「ハモニカ横丁」といった横丁の数々が存在し、チェーンの居酒屋とはまた異なった独自の魅力を放っています。
横丁とはいったい何なのか、数々の資料を紐解き、現在の横丁が形成されるまでの歴史的経緯を丁寧に辿りながら考察を繰り広げていく、本書『吉祥寺「ハモニカ横丁」物語』。
著者である井上健一郎さんは、多くの横丁の中から、特に、100前後の店舗からなる吉祥寺「ハモニカ横丁」に焦点を当てることで、横丁の魅力、人々を惹きつける理由に迫っていきます。
さて、実際に横丁を訪れてみると、次のような光景を目にすることも多いのではないでしょうか。
「さっきまで赤の他人だった客同士がいつの間にか話に花を咲かせている様子がよく見受けられる。初めて訪れる店で、ぎこちなく注文している人に対して、常連客がオススメのメニューについて教えてあげることから、自然と会話が始まったり、別々のグループでお酒を飲みに来ていたはずが、いつのまにか打ち解け合い、一緒になって乾杯しているところを見かけたりする」(本書より)
小さな飲み屋ならではの、こうした魅力を生み出す背景のひとつとして井上さんが指摘するのは、お客さん同士の距離の近さ。
一本の路地の両脇に、間口の狭い小さな飲み屋が立ち並ぶ横丁。そこでは、店の敷地と通路の境界線は混在し、さらに建物の狭い間口ゆえ、お客さん同士は「たまたま店内に居合わせた他人を無視しきれない距離感」に置かれ、その距離の近さは、「長時間居合わせているにも関わらず一度も言葉を交わさない方が不自然」なほど。そのため、自然とコミュニケーションが生まれるのだそうです。
横丁は、はじめて会った人ともコミュニケーションが生まれる空間であるということ。そしてこのことにより、横丁は単に食欲を満たす場として機能するだけでなく、家庭や職場に続く第三の生活の場所「心のよりどころとして集う場所」として機能しはじめるのだといいます。
近代化の進む街の片隅で、その一角だけ異空間であるかのように、横丁が繰り広げる独自の世界。一歩足を踏み入れてみると、その魅力に抜け出せなくなってしまうかもしれません。