大前研一の『企業参謀』だった。『企業参謀』は大前がマッキンゼーにいた時代に書いた専門書だが、この本から、本質を見ることの大切さを教わった。
宮澤はこの会社の本質は、「物販と編集の連携だ」とすぐに見抜いた。しかし、編集のほうは、自分は門外漢だから、すぐには雑誌の売り上げは改善できない。まず物販についてなぜ、赤字なのかを洗い出した。
そうすると前のオーナーの経営の仕方は、原価率をまったく考えない感性の商品づくりにたよるものだった。通常のアパレルの場合仕入れは40パーセントだ。しかし、前オーナーは、50パーセントや、60パーセントの原価でもかまわず値付けをしていた。そのかわりに、100冊「いきいき」を仕入れ先に定期購読してもらうといったやりかただ。
原価率をコントロールし、適正な注文と在庫数にする、これだけでまず物販の部門の収益が改善し、2010年には会社は黒字化する。
次は雑誌部門だった。創刊編集長にかえて、朝日新聞出版から新聞記者出身の女性編集長を起用した。が、これはうまくいかなかった。
部数は伸びず、それどころかずるずると後退をし、気がつけば15万部を切り、物販もおちこんで、会社の経営は再び悪化した。
なぜこの企画をやらないのか、と尋ねても「いきいきらしくない」と一刀両断にされた。
そのころ、宮澤は、主婦と生活社で数々の雑誌を再建してきた山岡朝子に、ヘッドハンターの紹介で出会うことになる。このときまでに、新編集長の候補は山岡ともう一人までに絞られていた。二人の候補者に「どうすれば雑誌を再建できるか?」をテーマにプレゼンをさせ、決めることにした。
2017年2月28日、最終面接は社内でも極秘にするため学士会館でおこなわれた。
面接官は社長の宮澤他、通販部門の責任者など5名。
ここで山岡は、カタログ雑誌と「いきいき」が一緒に送付されているにもかかわらず、連携がとれていないと指摘をし、両者が有機的にむすびつく単なる雑誌のコンテンツを超えた改革案を提案する。
その日のうちに採用がきまり、山岡は「ハルメク」と社名そして誌名の変わった現在の会社に2017年7月に入社をする。一カ月ほどの引き継ぎ期間ののちに編集長に就任するが、編集部員は落下傘でおりてきた山岡にけっしてやさしくはなかった。
以下、次回。
下山進(しもやま・すすむ)/ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。主な著書に『2050年のメディア』(文春文庫)など。
※AERA 2023年10月9日号