努力がどのような報酬をもたらすのかが事前に開示されず、今の自分が自己陶冶プロセスのどこにいるかも分からないままひたすら修行に励むというやり方は欧米人には受け入れ難い話のようである。では、かの地では自己陶冶のために人々はどのような手立てを講じているのか。

「本当の自分探し」が修行の代替物であるというのが私の仮説である。西欧ではアイデンティティーを確立するまでの「自分探しの旅」が修行に相当する。首尾よく「本当の自分」を探り当てると潜在能力が一気に開花し、以後時おり訪れる「アイデンティティー危機」を乗り越えれば最後まで同一人物として生涯を終えることができる。

「スター・ウォーズ」の主人公ルークは「ジェダイ」の修行半ばにして師ヨーダのもとを去ってしまうのだが、次作冒頭では完成した「ジェダイ・マスター」として登場する。いつ、どこで修行したのかは不明。続三部作のヒロインのレイに至っては師も持たず、修行もせず、自分が「ジェダイ」の血統であると知ったとたん最強の騎士となる。なるほど、今アメリカで吹き荒れている「アイデンティティー・ポリティクス」なるものの嵐はかかる風土から生まれたのかと腑に落ちた。

AERA 2023年10月2日号

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内田樹

内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

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