『罪の声』の発表から7年。「二児同時誘拐」という前代未聞の事件を描いた最新作を刊行した塩田武士さんが、作品へ込めた思いを語った。AERA2023年9月25日号より。
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「作家には定期的に必ず越えるべき壁が出てくると言いますが、私にとってはそれが『罪の声』でした。以前、作家の湊かなえさんのラジオに出演した時に、湊さんがこれから塩田さんは『罪の声』と闘うことになる、私が『告白』と闘ったように、と言われたことがあるんです。重たいなと思いました」
塩田武士さんが2016年に発表した『罪の声』は、「グリコ・森永事件」をモチーフにしたサスペンス小説だ。週刊文春ミステリーベスト10(国内部門第1位)、第7回山田風太郎賞を受賞するなど一世を風靡し、2020年には映画化もされている。
あれから7年、塩田さんが「作家人生の節目となる一冊」と呼ぶ作品がついに刊行された。最新刊『存在のすべてを』(朝日新聞出版)だ。「二児同時誘拐」から30年、誘拐事件の被害男児は突如、気鋭の画家となって脚光を浴びるが、事件最大の謎である「空白の3年」については固く口を閉ざしたままだった。事件を追う新聞記者の門田次郎(もんでんじろう)は、ある写実画家の存在に行き当たる──。
プロットの遥か上ゆく
「この作品のために、できることは全部しました。取材の面では、誘拐ものを扱う時に、資料がほとんどないので警察関係者と接触して、捜査手法や当時の機材なども徹底的に話を聞きました。書かれていることはすべて本当のことです。例えば、本書には誘拐と立てこもりとの違いが書かれています。同じ特殊事案ではありますが、立てこもりは訓練すればするほど安心するけど、誘拐はすればするほど不安になるというんです。こういうプロの言葉は、刑事から話を聞かないと出てきません。また事件は1991年に起こりますが、当時の横浜市中区の住宅地図を広げて、全部歩いてひとつずつ写真を撮っています。その後、横浜市に開示請求して、当時と今の現場を写真でものを見比べて……というようなこともやりました。それと本書の表紙でも作品をお借りしていますが、写実画家の野田弘志先生にお会いすることができて北海道のアトリエにまで行ったということも含めて、取材には大変恵まれました。