地図をもとに現場をすべて歩いて記録した。身代金の受け渡し場面で道を間違えるのは、実際に現場を歩いた塩田さんが道を間違えたことがもとになっている

 前作の『朱色の化身』はほとんど実在のものをベースに書いたフィクションなのでとても難しかったんです。その時に考えたのが『視点と感情移入』でした。当時、この『視点と感情移入』があれば、作品が相当はねるぞっていう感覚を持ちながら書いていたので、本作では前半6章までは謎解きをしつつ、残りの7章から9章は強く叙情性を表現しました。そういう意味でも、創作の上でもできることはやったという気持ちがあります。時間はかかりましたが、密度が濃かったです。

 この作品は、運を持っていると思います。普通、こんなにうまくいかないんですよ。これだけやっているのでプロットはしっかりしたものはできるんですけど、プロットから原稿にする過程には、すごく距離があるんです。具現化というのは本当にキツくて、こんなに準備しているのに、そんなに面白くないっていうことがあるんです。でもこの小説はプロットの遥(はる)か上を越えていっているので『これは来たな』っていう感触がありました」

 週刊朝日の最後の連載小説として発表しているが、書籍化にあたり、連載時からの大幅な改稿はなく、500ページ近くにもなる分量のゲラをわずか2日で返したという。

「これもかつてないことでした。ノッているので、止まらずに読めちゃうんです。誘拐のシーンは黒澤明の『天国と地獄』をイメージして原稿を書いていたのですが、めちゃめちゃ面白かったんです。書いているうちに、いろんな人の感情やセリフが出てきて止まらないようになって。序章の同時誘拐のシーンは50ページほどあるのでこれくらいの分量であれば通常は3回くらいに区切って書くことが多いのですが、ここで止めたらあかん!と思って、まるで『カメラを止めるな!』みたいな感じで一気に書きました(笑)」

(編集部・三島恵美子)

AERA 2023年9月25日号より抜粋

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