妻「ちょっと待って!! 自分が犠牲になって仲間を生かそうとしたのに、仲間が死んじゃって自分だけが生き残るってつらくない?」
私「つらいよ。だからつらそうな顔してるよ、そのバッターは」
妻「悲しいね」
私「悲しいよ。でもずっとそのままじゃいられないでしょ。引きずってばかりいられないよ。自分が生き残ったんだから、その人の分まで頑張るんだよ。それが野球だよ」
妻「じゃ、その人がホームインしたら2点入る?」
私「入らないよ。仲間の魂まで背負ってホームインしないの。 一人なら1点、二人ホームインしたら2点」
妻「そこはシビアだね」
私「そらそうよ。霊魂まで換算したら、キリないからね。そもそもスポーツだから、野球って」
妻「はー……盗塁ってどうなの?」
私「どうとは?」
妻「良くないかんじ? 罪悪感とか抱いてるの?」
私「あー、『盗む』から?」
妻「グレー?」
私「ホワイトです。真っ白よ」
妻「でも『盗む』んだよ。死ぬとか、盗むとか物騒だよね」
私「ま、野球ってそんな表現多いよね。そもそも巨人軍とか言ってるしね。『軍』だからね、今日び。『巨人』もちょっとどうかと思う人もいるだろうしね……」
妻「じゃ、ダブルプレーってなに?」
私「………今日はこのへんにして、早くご飯食べようか。お腹減った……」
嗚呼、野球ってキリがない。キリがないけど、妻との会話は増える。でも果てしがない。次あたり、振り逃げか、インフィールドフライか、フィルダースチョイスか、隠し球か……。
春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。この連載をまとめたエッセー集の第1弾『いちのすけのまくら』(朝日文庫、850円)が絶賛発売中。ぜひ!