やがて股関節に異変が

 きっかけは医師の一言。ある日、90代の漢方医が「僕1万歩あるいているんだよ、ほら」と万歩計を見せてくれた。

〈毎日1万歩あるいたらこんなに元気でいられるんだ……〉

 股関節の異変に気付いたのは、歩き始めて1年ぐらい経った頃。家の近くにできたキックボクシングの体験レッスンに行ったが、パンチは効くのになぜか足が踏ん張れない。「足を上げようとしても、犬がおしっこする時ぐらいの高さしか上がらなかった」

 それでも1日1万歩はやめなかった。一心不乱に歩くあまり、電信柱にぶつかり今年になって目の手術もした。痛みが出るようになっても仕事は続けた。20キロほどの医療機器を運んだ翌日は、「股関節が引き裂かれそうに痛くなって、寝返りも打てないほどだった」。

 病院に行くと「変形性股関節症」と診断された。訪れた3カ所の病院すべてで手術(人工股関節置換術)が必要と言われたという。股関節の痛みの原因は、骨と骨の間でクッションの役目をしている軟骨がすり減ったこと。「術後は痛みがなくなると聞いています」

 厚生労働省が国民の健康の増進を図るために定めた指針「健康日本21(第二次)」は、65歳以上の高齢者の1日の歩数目標を男性が7千歩、女性は6千歩としている。だが、これらは誰にでも一律に当てはまる数値でないことに注意する必要があると話すのは、「100歳までウォーキング」会長で東京大学大学院教授の中澤公孝さん。

「それぞれの体の状態に応じて適切な歩数は変わり得るものであって、下肢関節の障害などのため歩行に制限がある人には当てはまらないからです」

 無理な歩きすぎで関節などを痛めやすい人もいる。

「(歩きすぎで股関節の手術に至る人は)おそらく股関節の痛みの兆候があったと思います。常に自分の体の状態を把握することを習慣づけていれば、早い段階で防げたのではないかと思います。無理をすれば高齢者ほどケガにつながりやすい」

 日本股関節研究振興財団の理事長で上馬整形外科クリニック(東京都世田谷区)院長の別府諸兄さんもこう重ねる。

「群馬県中之条町の65歳以上の住民5千人を対象にした中之条研究によると、1日の歩数が5千歩以上で脳卒中や心疾患、認知症の予防、7千歩以上で骨粗鬆症や動脈硬化の予防、8千歩以上で高血圧や糖尿病の予防が期待できるとのことです。しかし、個人の年齢や身体能力、健康状態や、ライフスタイルなどは異なるため、1日の理想的な歩数を数値で表現すべきではないと思います」

(ライター・大崎百紀)

AERA 2023年9月18日号より抜粋