高齢になった親が、中高年になったひきこもりの子どもを支える──。8050問題は家庭の中に抱え込まれたまま長期化するケースも多い(撮影/写真映像部・上田泰世)

 内閣府が2019年に公表した調査によると、40~64歳のひきこもりは推計約61万人。長期・高齢化するひきこもりは、80代の親が50代の子どもを支える「8050問題」として、社会課題になっている。識者はどうとらえているのか。AERA 2023年9月11日号から。

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 中高年ひきこもり61万人は、これまでこの社会には“存在しない”とみなされていた層だ。まさに今の社会のありようを象徴する「病理」の犠牲者であると、長年、中高年ひきこもりと家族の支援を続けている「NPO法人 遊悠楽舎」(神奈川県逗子市)代表、明石紀久男さんは感じている。

 なぜ、50代になっても自分の人生を生き得ない人たちがこれほど存在するのか。長期間の支援を通し、多くの家族と会い、親子双方の話を聞いた中で、明石さんがたどり着いたのが、「話し合えない家族」だ。彼らの間には、感情の交流がない。

「父親は母親に、子育ての責任を押し付けてきた。しかし、どれだけ夫婦で話し合いをしてきたか。夫婦間にあるのは、事務連絡と情報共有だけ。何を感じ、何を考えたのか、夫婦で話そうともしていない。それは子どもに対しても同じ。高度経済成長期以降、家族という最も小さな共同体から感情が失われたと思えて仕方がない」

 だからこそ、明石さんが強調するのは、「親が親をおりる」ことの大切さだ。

「親でいる限り、子どもは家族の一員であり、一個の人格ではない。親をおりないと、子は子の役割から逃れられない。立場や役割を手放し、お互いが個人に戻って初めて、個人と個人の対等な関係になる。そして、人として尊重されるという経験を、子どもは得ることができるのです」

 80代の父親は現役の会社役員、妻は専業主婦、50代の一人娘は大学時代からひきこもった。企業戦士の父親は家族で外食をしても、娘がナイフの音を立てただけで、「音を立てるなと言っただろ! 出て行け!」と怒鳴り、店から追い出す。日常的に父親による虐待がある家庭だった。

 一方の母親は、「まあまあ」と波風が立たないように夫の顔色を見て、娘との仲を取り持つ。話し合うのではなく、波風を立てないようにすることが、母親の役割だと思ってきた。

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