1923年の晩夏。千葉県の福田村に澤田(井浦新)が帰郷する。同じころ香川県から沼部(永山瑛太)率いる行商団が福田村へ向かっていた。そして9月1日、関東大震災が起こる。「朝鮮人が集団で襲ってくる」との流言が飛び交うなか、村人たちは行商団を疑い──。歴史に葬られた大事件を描いた「福田村事件」。森達也監督に見どころを聞いた。
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2001年に「千葉県野田市で惨事を伝える慰霊碑の建立を」という小さな新聞記事を見たんです。取材に行って、福田村事件を初めて知った。テレビの報道番組でやろうとしたけれど「これは無理だよ」と。この時期に刊行した本に事件について書いて以降、劇映画化を考えていた。20年に脚本家の荒井晴彦さんに「俺たちも映画化を考えている。一緒にやらないか」と言われて本作ができました。
内容はほぼ史実です。行商団の人数も男女比も年齢も。名前は変えていますけどね。ただ史実として材料が少ないんです。だからこそ劇映画にした。行商団で生き残った方のお孫さんに話を聞くことができたけど「おじいちゃんは何も言わなかった」と。ただ「ときおり縁側でお酒を飲みながら泣いていた。今思えば思い出していたんでしょうか」と言っていました。なぜ言わなかったか。声をあげても誰も聞いてくれないだろうという絶望があったのかもしれない。
僕はオウムとか右翼とか放送禁止歌とかいわゆる「危ない」題材ばかり扱うから覚悟があるとか思われているようだけど、そういうわけでもないんです。たまたま興味を持ったところが「あれ? 地雷だったの」みたいな(笑)。鈍いんだと思います。でも鈍いなりに最近「従軍慰安婦はいなかった」「南京大虐殺はなかった」とか「本気で言ってんの?」みたいなことが増えてきた。やっぱりこの国、おかしいなと。人は失敗しながら成長する。国も同じです。成功体験ばかり覚えている人とは話もしたくない。だから負の歴史の記憶は重要です。同時に報じるべきを報じないメディアの責任も大きい。
「こんな映画、誰が出てくれるんだろう?」と思ったけど蓋を開けたらすごいキャストが集まってくれた。その意欲に感謝しています。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2023年9月4日号