彼女が女性で、外国人で、知名度の高い出演者だったという点については、起こり得る事態を想定してセキュリティなりを仕込むことはできたかもしれません。今の時代、群がる魔の手をパンチやキックを使って暴力的に払うのはリスキーです。しかし、柵があろうと高さや距離があろうと、熱狂して限度を超えてこようとする客が発生するというのは、そのフロアやステージやDJプレイが盛り上がっているバロメーターとしても、時に不可避なことであるのがクラブ文化の特性でもあります。
また私の時代には、演者同士それぞれの「聖域」というものも存在しました。メインステージに設置されているDJブース、レコードプレイヤー、そしてDJの背後に回ることはご法度。その代わり、ブース前のパフォーマンススペース(ダンサーやらドラァグクイーンやらが踊るステージ)は、DJもおいそれと立ち入れないエリア。DJにとっていちばん見栄えの良い照明は、ちゃんと専用にセッティングされていますし、ステージ前方に進んで来るということは、前述のような行儀の悪い観客からの悪ノリを肌で感じる危険性が高まることは、ある程度覚悟しなくてはなりません。
そんな「聖域」を互いに守り尊重しながら、狂乱と爆音の夜を明かしていくのがクラブの鉄則であり、度を越えた酔客と実際に闘うのは、セクシー女性ダンサーでもマッチョ男性ダンサーでも、ましてやDJでもなく、屈強なセキュリティの男たち、そしてあらゆる悪ノリを受け止めて、それ相応の「締め方」ができるドラァグクイーンの仕事でした。