そう遠くない未来。人類は環境に対応すべく進化を遂げ、痛みを感じなくなっていた。ソール(ヴィゴ・モーテンセン)は自身の体内で次々と生み出される臓器を切除する前衛的なパフォーマンスを行っている。あるとき母親に殺された少年の遺体を解剖してほしいとの依頼を受けるが──。映画「クライムズ・オブ・ザ・フューチャー」の脚本も務めたデヴィッド・クローネンバーグ監督に見どころを聞いた。
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私はずっと「人間は自分の体内への美意識がもっとあってもよいのでは」と考えてきました。我々はいま肉体の一部を改造したアート、例えば入れ墨などをしています。ではもし人間から痛みが消えたらどんなアートが生まれるのか? そして「内なる美」をテーマに自分の内臓でパフォーマンスアートを行う主人公が生まれました。
痛みが消えた世界では誰も感染症などを恐れず誰も手を洗わず、ハエが飛び回っています。実はこの脚本は20年以上前に書いたものです。当然コロナ禍を予想したわけではありませんが、そこがSFのおもしろいところですね。これはウイルスやバクテリアの進化と人体の進化の闘いの末に、人間の肉体が勝利を得た世界なのです。
その象徴のひとつがプラスチックを消化できる少年の出現です。脚本を書いた時点ではマイクロプラスチックがこれほど問題になるとは思ってもいませんでした。いまや誰もの血液のなかにマイクロプラスチックが入り込んでいるような状態ですが、しかしそれが実際に我々の体にどういう影響を与えているのかはまだ答えが出ていない。良いことでないのは明白ですが、最近ではマイクロプラスチックを分解し燃料にするバクテリアも発見されています。少し飛躍すれば同じ生命体である人間も消化できるようになるかもしれない。
一惑星として考えれば、地球はいずれ消滅する運命です。しかしその前に生命というものが我々人間のせいで無くなっていくだろうなと私は考えています。どんな紛争も戦争も環境破壊です。我々はそれらをどう止めるかを真剣に考えなければならない。本作に大いに刺激を受けてほしいと思います。これは人間が犯した環境汚染という罪と解決法への、私なりの風刺を利かせたアンサーなのです。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2023年8月14-21日合併号