とはいえ、いくら専属契約を結んでいても、今回のドアラの一件のようにアクター側に不測の事態があれば、試合に穴があいてしまう。そこで、「強烈なインパクトやライブ感のあるパフォーマンス」より「必ずその場にいて花を添えてくれる安心感」を求めるチームは、もしもの際に別のアクターが代われるように“マニュアル動画”を用意していることがある。実際、A氏も、過去に企業から動画制作依頼を受けたという。
「このキャラはこういう感情のときはこう動きます、こういうスタンスで演技してください、などとパターンをがっちり固めておくんです。動画を見て、そのとおりに演じてもらえれば、誰でもだいたい同じ動きになる。『他ではなくあなたに演じてほしい』というオンリーワンの仕事をもらえるようなアクターは、トップクラスの人です」
それでは、着ぐるみアクターに求められる技術とは何か。A氏がまず挙げたのが、表現力だ。着ぐるみである以上、表情は動かせないため、アクターたちは頭部をさまざまな方向から観察して、「この角度で見せたら悲しそうに見える」などと研究する。当然、着ぐるみが変われば顔の見せ方や体の動かし方も変わるので、そのたびに試行錯誤しなければいけない。
着ぐるみは着ているだけで体力を消耗するが、スポーツチームのマスコットのなかでも、特に野球は、一段とスタミナが求められる。A氏が過去にアクターを派遣した球団からは、「ホームランが出たらパフォーマンスできるよう、試合中は着ぐるみを脱がずに常にスタンバイしていてください」と指示されたという。
さらに、ドアラやジャビット(読売ジャイアンツ)となると、アクロバットのスキルも求められる。
「生身でバク転することと、あんなにデカい頭をかぶってバク転することは、もはや別の技術です。しかも着ぐるみは視界が悪い。ドアラの場合、黒目や鼻の部分から外を見ていると思うのですが、アクターの目の位置と対応していないので、真正面は見づらいでしょうね」(A氏)
やはり体へのダメージは大きかったのだろう。ドアラは昨年2月、「球団から気づかってもらった」結果、7回裏の名物“バク転タイム”を廃止すると発表した。