動画は、車体の一部をサンドペーパーで傷をつけているものだった。Aさんは、車体を傷つけて保険金を多く請求するということがすぐにわかったという。
「自動車整備士の資格は苦労して頑張って取りました。わざと傷つけるというのはお客様への背信だし、保険金を請求するというのは詐欺になりかねない。資格だって取り消されるかもしれません」
Aさんは不安になり、
「『こんなことして大丈夫ですか』と聞くと、上司は『うちはこういう方向でやっている。ノルマが厳しい分、給料もアップする。細かいことは気にするな。上も了承してやっていること。うちのような大手がやっているということは、中小の業者だって同じだから』と。それを聞いて絶望的な気持ちになりました」。
さらに上司は、タイヤに工具を差し込んでパンクをさせる、靴下にゴルフボールを入れてボディーをたたいてへこませる、ドライバーで車体に傷を入れる――など、様々な手法をAさんに指示して、
「君は(自動車整備士の)資格があってきているから、これくらいわかるよね。うちは本当にノルマがきついんだよ。LINEを見ていればそのうちわかるから」
と激しい口調で言われたという。
■なんでもLINEで指示、連絡
Aさんは、上司が何度も「LINE」と繰り返すので違和感があったという。
以前に働いていた工場では、重要なことは紙とメール、会議で指示があり、共有していた。だが、ビッグモーターでは「なんでも共有LINEでチェックすればいい」だったという。
「LINEには、たぶん7、8本くらい『こうやって車に傷をつけろ』というマニュアル動画が入っていました。『うちで高給をとるためにはこうやって売り上げに貢献するんだ』『この程度ではないぞ』と平気で言うので頭がくらくらしました」(Aさん)
しかし、上司には逆らえず、同じ工場の同僚も動画と同じような行為をしている。Aさんもやむなく、車体に傷をつけはじめた。
「はじめてサンドペーパーで傷をつけた時のことです。私も整備士であり、職人だという自負がありました。メーカーの人たちも同じような思いで仕上げた車ですよね。こんなことしていいのかと、思わず涙がこぼれそうになりました」