「もしもし? お母さんだけど」──母からの電話があるたびに、胸がザワリとする。しかし無視できない。母の影は常に娘たちを追いかける(撮影/写真映像部・松永卓也)
「もしもし? お母さんだけど」──母からの電話があるたびに、胸がザワリとする。しかし無視できない。母の影は常に娘たちを追いかける(撮影/写真映像部・松永卓也)

 子どもの頃から母との関係がうまくいかず、結婚就職を機に距離を置いていた40代後半~50代の女性たちがいま、弱ってきた老母に呼び戻されている。女性たちは母にどのように向き合っているのか。AERA 2023年7月31日号の記事を紹介する。

【図表】母娘問題の処方箋はこちら

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「もしもし? 千晶? お母さんだけど……お父さんが歩けなくなっちゃったの。あなた、いまどこにいるの?」

 今年3月上旬、母からの留守番電話を聞いたときの内臓をつかまれたような、ぎゅう、という感覚をいまも思い出す。父の病を心配する気持ちとは微妙に違っていた。どこか芝居がかった母の声色は、筆者に途方もない罪悪感や重荷を背負わせる。それは一人娘である自分の人生についてまわり、ゆえに闘い、避け続けてきたものだった。

 筆者(53)と母(84)は典型的な「うまくいかない母娘」だった。母は幼少から頭脳明晰(めいせき)。化学の道を志したかったが家の事情で大学に進学できなかった、らしい。翻って筆者は幼少から空想好きで勉強もサボってばかり。母は娘の出来が悪いことを「理解できなかった」、もしくは認められなかったのだと思う。性格も考え方も合わず、こちらの言い分を一切聞いてもらえない。

 小1の終わりの日記に母への「絶交宣言」を書いたことを生々しく覚えている。以降、大学進学で家を出るまでの13年間は取っ組み合いもありの凄絶なバトルの日々だった。近年は適度な距離を保ち、穏便に過ごしてきたのに……。父は現在も完全介護状態で入院中だ。実家にと残された母は、当然ながら筆者を頼ってくる。

「ねえ、スズメバチがいるの! お母さん怖くて外に出られない」「ねえ、冷房がつかないんだけど……」

 実家に戻ると母はいままで以上に同じ話を繰り返す。一日中テレビを大音量でつけ、日にちの感覚がなくなってきた。「お母さん一人で怖い」と弱々しく言うかと思えば、ものすごい剣幕(けんまく)で怒りをあらわにされ、10代のころの地獄のバトルが蘇(よみがえ)る。「また母と顔をつきあわせなければならないのか! っていうか、この先どうなるの?!」

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