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紙と電子書籍の“体験”をつなげていきたいと話す、トゥ・ディファクトの加藤社長
紙と電子書籍の“体験”をつなげていきたいと話す、トゥ・ディファクトの加藤社長

 電子書籍は現在、さまざまな端末・アプリを通して読まれている。電子書籍が誕生したのは、1990年代のことだ。CD-ROMを使った「データディスクマン」(SONY)が発売されたのが1990年。1993年にはNECがフロッピーディスクを利用した「デジタルブックプレーヤー」が発売され、他にも複数の電子書籍リーダーが販売されている。

 しかし、それらはすべて2000年を迎える前に販売が終了、ほとんど普及することはなかった。記録媒体の大きさ、記録容量などにも課題が多く、「早すぎた電子書籍」だったと言える。

 ところが2010年、「電子書籍元年」とさかんに語られるようになった。2007年に米国でAmazonが「Kindle」を発売、それに加えてAppleの「iPad」が2010年に発売されたことで、一気に電子書籍の普及が進むと考える向きもいた。なかには「電子書籍が普及すれば、紙の書籍は消え去る」という声も聞かれた。1990年代半ば以降、縮小を続ける出版市場の状況もあり、「ますます既存の出版業界は縮小する」と考える人が存在する一方、「電子書籍で出版業界は息を吹き返す」という人もいた。

 その電子書籍元年から5年が過ぎた。思うほど、電子書籍は普及していないように感じられる。インプレス総合研究所の調査によれば、2012年の電子書籍・雑誌の市場規模はおよそ768億円、それが2014年には1390億円とほぼ倍増している。同調査の予測によると2018年には3000億円以上の市場規模になるという。

 しかし、実感として市場規模が倍になった感覚はない。理由は、その規模にある。2013年の出版市場の規模は1兆6000億円程度だ。1996年から1兆円近く減少しているが、それでも電子書籍市場の10倍を超えている。これでは、まだまだ「電子書籍が紙の本を駆逐してしまう」という実感がわかないのも無理はない。

 だが、電子書籍が普及しないかというとそういう話ではない。むしろ電子書籍が大きく普及する環境は整ってきている。スマートフォンの大画面化は、専用の電子書籍リーダーやタブレットを使うことなく、電子書籍を楽しめる環境を提供する。Amazonをはじめとするネット通販では、書籍の電子版がごく普通に販売されている。これは「一定の普及率に達したとたん、一気に普及し、旧メディアを駆逐してしまう」のではないかという予感を抱かせる。かつて、レコードがCDにとって代わられたという実例もある。

 だが、“ハイブリッド型書店”(店舗とネット通販・電子書籍が連動する)サービスをいち早く取り入れた「honto」を運営する株式会社トゥ・ディファクトの代表取締役社長・加藤嘉則氏は、「電子書籍は紙の書籍を駆逐しない」と語る。

「レコードとCDは再生媒体が違うだけで、“音楽を聴く”という体験は全く同じだった。だから、取って代わられたのです。ところが、紙の本を読むということと電子書籍で本を読むということは、異なる体験です。ページを捲る感覚、本の重みなども含めて、我々は読書を体験します。一方、電子書籍は、紙の本とは違い、持ちはこびやすさ、手軽さを提供できる。この2つは違う体験なのです」

 事実、hontoでは、紙の書籍は家での読書用や保管用、電子書籍は外出時の閲覧用、と異なった用途でセット購入されるケースが多いという。そうすることで、むしろ“読書の機会”は増えていくことになるのだ。hontoは紙の書籍と電子書籍をどちらも扱うことでその機会を提供するのだという。一般の大型書店、出版社、新古書店とも提携を結び、リアル書店、オンライン書店、電子書店を連携させた「ハイブリッド総合書店」を実現させようとしている。

 電子書籍はこれまで以上に普及するだろう。だが、それは紙の書籍を駆逐することにはならない。紙の書籍には、紙の書籍にしか提供できない“体験”がある。そして、電子書籍と共存することで、読書の機会は増えていく。毎年減少し続けている出版市場の規模のグラフに、電子書籍市場の数字を足してみるといい。2010年前後から、市場規模の縮小がほぼ止まっているようにも見えるのだ。

 電子書籍はむしろ、出版業界の縮小を食いとめる切り札なのかもしれない。

(ライター・里田実彦)