
英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。
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ジャニーズ事務所の前社長による性加害問題が日本で広く報道されるきっかけを作ったBBCが、看板ニュースキャスターの性的スキャンダルで揺れている。BBC報道の「顔」と言ってもいいヒュー・エドワーズが、10代の若者に性的写真を要求し、金銭を払い続けたとタブロイド紙に報じられたのだ。警察は犯罪があったと示す証拠はないと発表したが、ネットを含め、世論は大騒ぎになった。
タブロイド紙の報道は、自分の子どもがコカインを買うためにエドワーズに性的写真を売っていたという母親の主張に基づくもので、BBCに苦情を申し立てたのにまともに相手にされなかったとも母親は言った。その後、若者の弁護士が母親の主張を「ばかげている」と否定し泥沼の様相になっているが、BBCは独自調査を行っている。
一方で、BBCの若手スタッフが、エドワーズから「不適切な言動」を受けていたと訴えているのだ。複数の現従業員と元従業員が不快なメッセージを受け取ったとし、現従業員1人は「思わせぶり」なメッセージを受信したと話している。
1980年代なら、著名人がテレビから抹殺される原因は不倫や乱れた私生活だった。だが、現代の英国では、非合法でない限り、そんなことはない。その代わりに、新たなレッドカードが生まれている。それは「権力の乱用」だ。例えば、上の者に物申すことが難しいニュースルームのような環境で、業界で名を上げたい若いスタッフに権力者が不適切なメッセージを送る。これがもうアウトなのだ。こうした行為を横行させていた組織の責任も問われることになる。
BBCは窮地に立たされた。だが、不適切な言動を受けたという従業員に自らのニュース番組で取材するなど、積極的にこの問題を報じている。透明性を担保しながら、組織内の「権力の乱用」にメスを入れることができれば、この窮地は再生のチャンスに変わるはずだ。
メディアの自浄作用が問われている。つまるところ、真実を直視することができない報道機関なんて、文字通り、ノー・フューチャーなのである。これはBBCだけ、そして英国だけの問題ではないだろう。
ブレイディみかこ(Brady Mikako)/1965年福岡県生まれ。作家、コラムニスト。96年からイギリス・ブライトンに在住。著書に『子どもたちの階級闘争』『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』『他者の靴を履く』『両手にトカレフ』『オンガクハ、セイジデアル』など
※AERA 2023年7月31日号