春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家
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 落語家・春風亭一之輔さんが連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今回のお題は「酷暑」。

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 気温が37~39度なんて「酷暑」が続いている。ついこの間まで「体温が37度5分以上ある人は仕事に来るな」と言われてた。今は屋外がそれ以上に暑いのに「仕事に来い」と言う。どういうことだ? 落語家が行きたくない暑さなのに、客が来るのが不思議だ。

 とはいえ、我々落語家の仕事する環境は恵まれている。室内だし、冷房は利いてるし、さほど長時間でもない、熱中症で倒れる心配もない……こともないのです。暑さでえらい目にあったことも多々あるぞ。

 今は終わってしまったが、名古屋の含笑寺というお寺さんで「含笑長屋~落語を聴く会~」という、何十年も続いた由緒ある落語会があった。主宰は佛教大学教授も務めた落語研究家の故・関山和夫先生。この道の権威でとても偉い方。書物もたくさん書いている。この落語会は会員制で一見さんは入れない。会員は何百人もいて、入会希望者はひっきりなし。みな枠が空くのを待っている状態だという。自ら退会する人もいないだろうから、要するに「枠が空く」=「会員の死」ということか。年配の会員が自然と旅立つのを、そんなに若くない空席待ちの人が心待ちにしている状態なのだ(たぶん)。会員になれた時の喜びはひとしおだろう。だからかお客さんのテンションは高くて、当然のようにいつも満員だ。

 何十畳もあるお寺の本堂の畳の上は老若男女でギッシリ。そして古いお寺にありがちなことだが、当然のように冷房がない。「空調」=「障子を開け放つのみ」。 

 恐る恐る「暑いですよね?」と世話人に聞くと、「暑い、というか……まぁ行けばわかります(笑)」と案内されて、高座に上がる。本堂に足を踏み入れた途端モワッとし、全身の毛穴がパカッと開いた。座布団に座ってお辞儀をして前を見ると、超満員のお客さんが全員団扇か扇子もしくはそれ以外の何かでパタパタ煽いでいる。その勢いで本堂が浮き上がるんじゃないか?というほどに壮観。両サイドには高座に向かって扇風機が二台。だが2メートルほどの距離があるので、こちらに届くまでに風は暖められ熱風になり、むしろ逆効果。 

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ギリ演者は日陰