■影武者は「伝統」
そもそもロシアの歴史の中で「影武者」の噂は複数あった。
「帝政ロシアの皇帝にもいたと言われています。スターリンに複数の影武者がいたことはゴルバチョフの時代に旧ソ連の新聞が調査報道で明らかにしていますし、ブレジネフにも同様の説がある。流血の歴史が長いロシアでは、影武者の利用は伝統のようなところがあるのかも」
影武者を運用していたのは、KGB(国家保安委員会)の第9局、要人警護部門だ。いまのプーチン氏の影武者は、ソ連崩壊でKGBが分裂した際に独立したFSO(連邦警護庁)が運用しているのではと言われている。名越さんはこのFSOに注目する。
「プリゴジンの乱が制圧された直後の6月26日、クレムリンでの幹部会議にFSOのドミトリー・コチネフ長官が出席したのですが、彼が表舞台に出てくるのはきわめて異例。そこからプーチンは人前に出ずっぱりになります。翌27日には乱の鎮圧に功績のあった人を集めて演説、28日にはダゲスタン共和国を訪問して市民と密な交流をしました。コロナ感染を恐れて閣僚とも距離を置いて会話をしていたほどのプーチンですから、ここでもやはり影武者説が飛び交いました」
乱は鎮圧したものの、プーチン氏は自らが国民の前に出て、国内情勢の安定のためにコントロールできていることを強く示す必要が出てきた。そのことで、FSOがからんで影武者で対応する場面も出てきている可能性もあると、名越さんは見る。
「プーチンはもともと性格的に面倒なことを嫌います。加えて、プリゴジンの乱での対応を見ていると、第2次チェチェン紛争やクリミア併合のときの電光石火の政治判断に比べ、年齢と共に決断力と行動力に衰えも見られる。それを影武者で補おうとしているのかもしれません。来年3月の大統領選に向けてますます影武者を活用していく可能性もあり、引き続き要注目です」
(編集部・小長光哲郎)
※AERA 2023年7月24日号