■「なぜ泳ぐのか」の答えは泳ぎ続けた人だけがわかる

 話を聞くなかで、わかったことがあった。「人はなぜ泳ぐのか?」の答えは、泳ぐことをやめなかった人だけにしかわからない、ということだ。

 「泳ぐことをやめるっていう選択肢もあるなかで、あえて泳ぐことを選んだ……そういう人にしか、この質問は通用しないんです。なぜ泳ぐことを選んだのか、その結果何を得たのか、今はそこに興味があります」

 どんどん深くなっていくテーマは、修士課程ではとても終わらない。来年は博士課程に進む予定だ。

 「今は成人の方だけにインタビューしていますが、ゆくゆくは小中学生にも聞きたいと思っています。小学生のときの『なぜ泳ぐの?』の答えと、思春期になったときの答えはきっと違う。その過程で何を得て、何を考えたのかを追いかけたいです」

 実感しているのは、インタビューすることの難しさだと言う。

 「たとえばストレートに『人はなぜ泳ぐのだと思いますか?』って聞いても、『おまえ何言ってんだよ、知らないよ』になっちゃうんですよ(笑)。どういう言葉をチョイスして、どんな流れのなかで質問するか、それってインタビュアーの手腕なんだなぁって感じます。だから、今こうやってインタビューを受けている最中にも『この人はこういうことを聞きたいのかな』と考えるようになりました」

 現役の選手だった頃には、インタビューされることが煩わしかった時期もあったと苦笑する。

 「『調子はどう?』って聞かれたら、全部『まあまあだと思います』って答えたりして……申し訳なかったです。インタビューは、聞く人と答える人との共同作業で成り立っているって、今ならよくわかります」

 萩野さんは引退後、テレビの水泳解説者や国際大会でのインタビュアーなど、新たな仕事にも挑戦している。その体験もまた「問い」への答えにつながっていると話す。

 「研究とは関係のない場ですが、そこでもぼく自身の答えにつながっていくような話を聞くことがけっこうあるんです。もちろんそれは論文には書きませんが、論文にまとめることだけが目的じゃない。最終的にはぼく自身が『ああ、そうだったんだ』と納得したいんです。誰かの役に立とうとか、水泳界に一石を投じるとか、そんな大それたことは全然考えていません(笑)。でももし、ぼくの考えに触れた人が、『水泳っておもしろい』って少しだけでも思ってくれたらうれしいですね」

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次、次、と思いながら学ぶことは純粋におもしろい