以前このコラムでAIのシンギュラリティなどというものはない、ということを数学者の新井紀子さんの本の紹介をしながら書いたことがある。
シンギュラリティというのは、人間の能力を超えるという意味で、新井さんの本が出た2018年は、孫正義がしきりとこの言葉を使ってAIへの投資を謳いあげていた時代だった。新井さんの本はそれに冷や水をぶっかけた(『AIvs.教科書が読めない子どもたち』)。
現在のAIはまず人間が「教師プログラム」というものを考えなければならない、という種明かしを新井さんはする。例えば国語の文意把握の選択問題であれば、「問題文の中にある語がもっとも多い選択肢が正解の確率が高い」ということを、人間が見つけ出し、AIにその「教師プログラム」を与えて、それにそってAIが回答する。つまり、AIは文章を理解しているわけではなく、確率論的に検索をしているにすぎない。
そう、書かれてあって目からうろこが落ちる思いがしたこともあって、ChatGPTに、当初は、眉に唾をつけて見ていた。
ところが、日本の作家の海外版権の売り出しに、あの早川書房が「ChatGPTを使っている」という話を聞いたことで、自分もやってみることにした。
私は『アルツハイマー征服』という本を、2021年1月に出している。この本は、アルツハイマー病の研究の歴史を30年にわたって書いたものだ。舞台も米国、日本、欧州とグローバル。科学と医療という世界共通の関心にそって展開しているものだから、最初から海外版権を狙っていた。
欧米の出版市場では、ノンフィクションの場合、全部の原稿がなくとも、プロポーザルという企画書の段階で、権利を買ってくれることが多い。
単行本出版時のプロポーザルは、日本ユニ・エージェンシーというリテラリー・エージェントが、私の用意した英語の下書きをもとにつくってくれた。しかし、英文の企画書、しかも売れる企画書の英文を書くというのはたいへんなのだ。人力なのでお金もかかる。