作家、コラムニスト/ブレイディみかこ
作家、コラムニスト/ブレイディみかこ

 英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。

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 英国政府の新型コロナウイルス対策に関する独立調査委員会の公聴会にキャメロン元首相が呼び出された。「なぜキャメロン?」と思う人もいるかもしれない。彼は2016年に退任し、コロナ禍が始まる3年前には政界を引退していたからだ。

 しかし、そこが「しつこい」ことで知られる英国の独立調査委員会だ。国がパンデミックの可能性を想定せず、準備を怠っていたとすれば、コロナ禍前の政府にも責任の一端がある。だから何代も前の首相に遡(さかのぼ)って責任の追及が行われているのだ。

 特に委員会が問題視しているのは、2010年から首相を務めたキャメロンの下で行われた大規模な緊縮財政政策の影響だ。予算を削減されたNHS(国民保健サービス)が縮小し、緊急事態への対応力を失っていたというのだ。しかし、キャメロンはそれに反論し、彼が行った緊縮財政のおかげで財政が健全だったからこそ、ジョンソン政権はロックダウン中の休業補償を出したりできたのだと主張した。他方、英国医師会の会長は、資金不足で疲弊し、解体された国の医療制度が、パンデミックに太刀打ちできるわけがなかったとキャメロンを批判している。

 傍聴席は半数ぐらいしか埋まっていなかったそうで、元首相への関心の薄さを示していたが、メディアが彼を忘れても、地べたの人々は彼がしたことを忘れていない。公聴会を終えて車に乗り込むキャメロンに、「恥を知れ!」の声も飛んだという。

 建物の外にはコロナ感染で死亡した家族の遺影を掲げている人々もいた。英国のコロナ感染による死者数は約23万人。ポストコロナと言われる今でも週に200人前後が亡くなっている。私も含め、大勢の人々が友人や親類の誰かを失った。この悲劇は不可避だったのか?

 天災を口実にした人災がある。財政の帳尻を合わせるために人々の命を犠牲にするのなら、それは何のための、そして誰のための財政政策なのか。

 権力と責任はセットで為政者に与えられる。片方だけの持ち逃げを許さないから、英国の独立調査委員会は「しつこい」。次々に呼び出される政府関係者の発言が、来年の総選挙の結果を左右するかもしれない。

ブレイディみかこ(Brady Mikako)/1965年福岡県生まれ。作家、コラムニスト。96年からイギリス・ブライトンに在住。著書に『子どもたちの階級闘争』『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』『他者の靴を履く』『両手にトカレフ』『オンガクハ、セイジデアル』など

AERA 2023年7月17日号

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ブレイディみかこ(Brady Mikako)/1965年福岡県生まれ。

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