■女王の座を守るための集票活動
そこでアプリ有名人を目指す人々は、毎晩、水面下で自分に「いいね!」をくれそうな、そこそこの男性・女性に足跡や「いいね!」をつけまくり、気がある演出をしている。そうすることで自分の存在を認知させられるし、こんな素敵な人から足跡をつけられた、「いいね!」を送ろうという気持ちにさせられるからだ。
アヤさんもこの人なら自分に興味を持つのでは? という男性に足跡をつけたり、時には「いいね!」をして相手のアクションを誘導する。Bさんに「いいね!」を送ったのも、そういう女王の座を守るための集票活動だ。
あるマスコミ関係の38歳男性は、毎晩100人近くに足跡をつけるという。
「100人中、10人『いいね!』がくればいいかな……と。自分から『いいね!』をつけるより、向こうからつけてもらったほうがうまくいくことが多い。200超えあたりから、『いいね!』の数だけでも興味を持ってもらえるので、多いに越したことはないですね」
たかが「いいね!」一つにそんな政治的な意味があったとは。「いいね!」を1000もらってもそれで結婚できるわけでもないし、ポイントや現金に還元できるわけでも、「いいね!」最多賞をもらえるわけでもない。
すべて自己満足だ。
アプリのビギナーは、こんな水面化の熾烈な足掻き合戦に驚愕するに違いない。
アヤさんがBさんに「いいね!」をしたのもそんな演出戦略の一環だった。「いいね!」を限りなく集めることも、マッチング・アプリの沼から出られない依存の麻薬と言えるかもしれない。
だが、いつまでクイーンを続けたら満足できるのか。
「子供を産めるリミットが近づいているので、そろそろ覚悟を決めないと。でもこれまでがんばってきた努力の投資は必ず取り返したい」
それから3ヶ月。アヤさんはまだ第2次審査を通過する相手に出会えず、毎日山のように来る「いいね!」の数と反比例して結婚は遠のきつつある。
●速水由紀子(はやみ・ゆきこ)
大学卒業後、新聞社記者を経てフリー・ジャーナリストとなる。「AERA」他紙誌での取材・執筆活動等で活躍。女性や若者の意識、家族、セクシャリティ、少年少女犯罪などをテーマとする。映像世界にも造詣が深い。著書に『あなたはもう幻想の女しか抱けない』(筑摩書房)『家族卒業』(朝日文庫)『働く私に究極の花道はあるか?』(小学館)『恋愛できない男たち』(大和書房)『ワン婚─犬を飼うように、男と暮らしたい』(メタローグ)『「つながり」という危ない快楽─格差のドアが閉じていく』(筑摩書房)、共著に『サイファ覚醒せよ!─世界の新解読バイブル』(筑摩書房)『不純異性交遊マニュアル』(筑摩書房)などがある。