トッド そうですね。ただ一連のその流れというのは、つまり性的指向という話、男女の敵対関係とかネオフェミニズムとかそういった話は、だんだんと忘れ去られていくんではないかと私は見ているんですね。
つまり、これまでの西洋というのはひじょうに、ずっと豊かになり続けてきたわけですね。そういったなかで、こういったイデオロギーというのも、どんどん生まれてきたわけです。
ただ、いま、この戦争が始まって何が起きているかというと、そういった西洋が初めて「現実」と直面をしているということが起きているんです。
現実とは何かというと、「大砲をどれぐらい生産できるか」とか、そういった話なんです。つまり、性的指向、たとえばLGBTの問題とかそういった話よりもむしろ、いかにどれだけ軍需品を生産できるか、どれだけ大砲を生産できるかというような話や、いかにして食べ続けていくのか、いかにして石油を確保するのかとか、そういった話にどんどん変わっていくのではないか、というふうに私は考えます。
つまりウクライナ戦争というのは、「リアリティーに西側を引き戻している」という状況があるのだと思いますね。
ちなみに、ポーランドやウクライナという国は、ロシアと同じくひじょうにホモフォビアの国なんです。そして、ウクライナは、いまはなるべく西側の価値観に寄せようということで、そういった側面を見せません。けれども世論調査などを見ると、とてもロシアと近く、ホモフォビアがひじょうに強い国です。そもそもその意味でも、ウクライナとロシアというのは、とても近い国だということなんですね。
●エマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)
歴史人口学者・家族人類学者。1951年、フランス生まれ。家族構成や人口動態などのデータで社会を分析し、ソ連崩壊などを予見。主な著書に『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』(文芸春秋)『第三次世界大戦はもう始まっている』(文春新書)など
●池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト。1950年、長野県生まれ。NHKの記者やキャスターを経て、フリーに。名城大学教授、東京工業大学特命教授。主な著書に『世界史を変えたスパイたち』(日経BP)『第三次世界大戦 日本はこうなる』(SB新書)など