そんな伝説のライブが昨年7月、大隈講堂で再現された。題して「山下洋輔トリオ再乱入ライブ」。名付けたのは、他でもない村上春樹さん。そもそもの始まりは2021年9月にあった早稲田大学国際文学館(通称村上春樹ライブラリー)開館前の記者会見だった。マイクを持って壇上に立った村上さんが69年の山下トリオのライブに触れ、「いつかまた、早稲田であんなライブができるといいですね」と語ったその翌日、僕のスマホに山下さんのマネージャーM氏からの着信が。折り返すと、「ぜひ、実現させましょう。山下もその気です」
コロナ禍の中、プロジェクトが動き出した。
「オリジナルの乱入から既に半世紀以上が経過してしまったわけですが、大丈夫。ご安心ください。乱暴な精神はまだしっかり生きて、引き継がれています」。
これはプレスリリースに村上さんが寄せたコメントだ。
「ジャズの伝統を継承し、引き受けながら、新しい独自の地平をがっつり拓き続けてきた山下洋輔さんの音楽。それをひとつの糧として、推進力として、ぼくら自身の新しい地平を共に明るく拓いていこうではありませんか」
満を持してステージに登場した山下トリオはのっけから凄まじい演奏を繰りひろげ、集まった聴衆(現役学生も含めて)の度肝を抜いた。その模様はネットで世界配信され、村上RADIO特別番組としてJFN(ジャパンエフエムネットワーク)38局をネットして北海道から沖縄まで全国放送された。
今年の夏、その熱狂ライブがいよいよレコード化され、「村上RADIOレーベル」から限定発売されることになった。プロデューサーは村上春樹さんで、ライナーノーツも寄稿している!
4月下旬、「RADIO PAPA」のために米マサチューセッツのウェルズリー大学に滞在中の村上さんが、メールでの僕らの質問に答えてくれた。さらに帰国した村上さんを5月19日に事務所に訪ね、インタビューした。
――春樹さんは村上春樹ライブラリー開館前の記者会見で54年前の山下洋輔トリオライブのお話をされました。会見でこの伝説のライブに言及された理由を教えてください。
国際文学館は大学の現在の4号館を改装したものですが、1969年の「山下洋輔トリオ乱入演奏事件」はやはり当時の4号館(現8号館の場所にあった校舎)で行われました。現在の4号館と、当時の4号館とは名前が同じというだけの違う建物なんだけど、でもこれも何かの縁で、当時の山下トリオがキャンパスに持ち込んだエネルギーのようなものを、ここでもう一度再現できるといいなとふと思いました。大学というのは静かに学ぶ場所であるばかりではなく、いろんなものを賑やかに攪乱(かくらん)する場所でもあるべきだと思うんです。そういう二重性みたいなものを、少しでも今のキャンパスに再現できるといいなと。