
すると、そこに白い犬がどこからともなくやってきて、岡氏を見ながら、タイミングに合わせて1回ピョンと跳んだ。
「それでこの写真が撮れました。この犬は岡さんの飼い犬ではなく、近所の家の犬です。奇跡の一枚ですね」と声をはずませた。
人の跳ぶ姿には個性が出ている

こんなこともあった。松下幸之助氏の撮影に行くと、そこに石原慎太郎氏がいた。石原氏は国政への参加を目論んで、有力者へ協力をお願いに来ていたのだ。
「幸之助さんが、石原さんに『君も跳んだらどうだ』と促したのですが、『いやー、僕はいいですよ』と拒否されました」と少し残念そうに稲村さんは話した。しかし、石原氏はその5年後、国政へ“ジャンプ”した。
「これらの撮影は、スピードグラフィックス(スピグラ)と大型のカメラが使用され、被写体の方の疲れも考慮して3回のジャンプをお願いしていました。スピグラは一度シャッターを切ると、フィルムを入れ替えたりシャッターをリセットしたり、かなり手間がかかります。現在のデジタルカメラのようにすぐに結果がわかるカメラではないので、社に帰って現像が仕上がるまで胃が痛くなる撮影でした」
こんな苦労もあった。ジャンプをすると被写体はどうしても上を向いてしまう。さらに高さを強調するため下からカメラを構えるのでより顔が見えなくなってしまう。写真のあがりを見てこうしたことに気が付きはじめたそうだ。
上を見る人が多い中でもしっかりカメラを見て跳んでいる人もいる。その一人が小津安二郎氏だ。映画監督ということもあり、跳ぶときに、どう跳べばいいか、どう映るかをしっかりわかっていたのかもしない。
稲村さんが撮影した中でも一番思い出深いのがクレージーキャッツだ。クレージーキャッツのメンバーは7人いるので広い場所が必要になる。さらにみんながジャンプのタイミングを合わせないといけない。
「このときは当時新宿にあったフジテレビのスタジオを借りて撮影しました。跳ぶ前にハナ肇さんがメンバーに普通に跳んだんじゃつまんないから、それぞれポーズをつけようと話してくれました。そしてせーのってハナさんが掛け声をかけて決まりましたね」