■内心まで管理を迫られる教師の悲鳴を聞いている
当時のMBS報道局長であった泉俊行は、現場に判断をゆだねていたが、今、あらためてこの囲み取材の映像を見てこう語った。
「記者ならば、突っ込まなければいけない市長の詭弁と暴言がいくつかあった。例えば『首長と記者は対等だから、まずこちらの質問に答えないと話さない』という発言。人間は対等ですが、首長と記者は非対称の関係で記者の役割は権力のチェックなのでこれは違いますね」
斉加は最後の質問でこう聞いている。「卒業式で教師が君が代を歌わなくてはならないという理由を子どもたちに分かるように教えていただけますか」。橋下の答えは「彼らは公務員なんだから、国家のために仕事をしているのだから、国歌を歌うのは当然じゃないですか」。国家のためにというのは明らかな間違いである。「公務員は国民に対し、公務の民主的且(か)つ能率的な運営を保障することを目的とする」(国家公務員法第1条)。「公務員の雇用主は国民」である。
なぜ、あの場所にいた記者たちは、これらの市長の発言を「今のはどういうことですか?」と質さずに看過してしまったのか。泉は続ける。
「橋下さんは、すでに各局のバラエティーに出ていたし、注目されている人気の政治家でしたから。あれはテレビ的にも派手でキャッチーな映像で、好奇心であおる人がいたかもしれない。今、見返すと斉加は質問する上で敬語を使いひとつとして事実を曲げていないし質問はブレてもいない」
制作局はすでに視聴率の取れる政治家をタレント扱いしていた。納得できる答えが受け取れないときは、さらに問いを続けるのは、記者の責務である。ましてや内心まで管理を迫られる教師たちの悲鳴を斉加は直接聞いている。しかし、市長を怒らせた態度が良くなかった、という流れで会議は結論付けられて散会した。
「政治が学校に介入することを質したのに好き嫌いで質問をしたと言われて、でも反論しなかったです。結果として納得できる答えを聞けなかったのは自分のスキル不足だと内省しました」(斉加)