JCJ大賞の授賞式。他方、「教育と愛国」は海外評価も高い。「勇気あるこの作品に感心している。対置する双方の意見をしっかりと聞いており、我々外国の観客もとてもよく理解ができる」(英国ImprontaFilmsアナ・サイツ代表)[(撮影/山本倫子]
JCJ大賞の授賞式。他方、「教育と愛国」は海外評価も高い。「勇気あるこの作品に感心している。対置する双方の意見をしっかりと聞いており、我々外国の観客もとてもよく理解ができる」(英国ImprontaFilmsアナ・サイツ代表)[(撮影/山本倫子]

■偏差値だけで評価しない公立学校に感銘を受けた

 斉加がかねてより希望の報道記者になったのはMBS(毎日放送)入社3年目の1989年。「通った私立の一貫校が肌に合わず、もともとは学校嫌いだった」が、やがて90年代前半には大阪の学校現場の取材にのめり込んでいく。家庭環境を含むさまざまな理由から教室に入れない子どもたちを保健室に受け入れるなど、偏差値だけで評価をされない場所を提供する公立学校の在り方に感銘を受け、ときにやんちゃな生徒と激しくぶつかり合いながら、成長に導いて卒業へと送り出す教師たちの姿に感じ入る。

 そんな活発だった大阪の学校が、大阪府知事(当時)の橋下徹と、大阪維新の会の登場で大きな転換を迎える。維新の会は、教職員の思想・良心の自由を侵す違憲の疑いが強いと大阪弁護士会会長が声明を出した「君が代の起立斉唱を義務づける条例」などの条例を次々と作って教師や学校の管理を強めていく。

「教員たちが子どもたちについて活発に議論していた職員室が静まり返り、ただ校長を介して教育委員会の通達を受け取る無機質な空間になっていきました」(斉加)

 2012年5月8日。この日、斉加は大阪市長(当時)の橋下との囲み取材に臨んでいた。橋下の友人で民間校長として採用されていた人物が卒業式で教師が君が代を歌っているか、口元をチェックしていた。この振る舞いを「素晴らしいマネージメント」と発言した橋下に、斉加は真意を質(ただ)した。ところが、橋下は逆質問をし続け、不勉強、とんちんかん、という罵倒を斉加に浴びせ続けた。

 動画を文字起こしで検証すれば明確になるが、その論法にはいくつかのすり替えと詭弁(きべん)があった。一例をあげれば、起立斉唱命令を出したのは「教育委員会だ」としているが、実際にルール化を命じたのは橋下市長であると教育長から確認されている。しかし、ネット上に記者の名前が投稿でさらされた途端、いっせいに斉加に対するバッシングが始まった。事実を誤認したままの誹謗(ひぼう)やトーンポリシング(口調の取り締まり)であふれ、社の代表電話から斉加に「日本から出て行け」と怒鳴る者まで現れた。ショックであったのは、この件は同業者たちもまた本質を捉えずに非は記者側にあるとしたことだった。面罵事件の少し後、MBSで報道局員を集めてのニュースセンター会が開かれた。局員から、「質問が長すぎた」「首長を怒らせたのは良くない」と意見が表出し、センター長(当時)の澤田隆三によれば、「あまりに否定的な意見が多くて驚きました」。

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