
全国各地のそれぞれの職場にいる、優れた技能やノウハウを持つ人が登場する連載「職場の神様」。様々な分野で活躍する人たちの神業と仕事の極意を紹介する。AERA 2023年6月12日号にはビッグイシュー販売者 山田裕三さんが登場した。
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路上が職場。生身で「立つ」から販売は始まる。売るのは雑誌「ビッグイシュー日本版」。ホームレス状態の人の仕事をつくり自立を応援するストリートペーパーとして英国で始まり、日本版は2003年創刊。販売者となって通算7年。
当初は立つのに抵抗があった。知らない人は「何だろう?」と不思議そうな顔で見る。多くの目線に怖じ気づく。しかし立てば、売れる。これまで売り上げゼロの日はない。
大事なのは「まちの風景になじむ」在り方。日常になるよう「立つ努力」をする。
「同じ日、同じ時間に必ずいるのが大事」
そのうち「ビッグイシューを正しく知ってもらいたい」という思いが上回った。購読者には「路だより」という手書きの通信を添える。日記や料理レシピを綴った、その便りを楽しみに来る人もいる。
4年前から隣町の長谷川書店で出張販売も行う。路上では声を出したり、本を掲げたりするが、書店では立つだけで存在感がある。本が好き、支援したいなど互いの客の眼差しが交差し、新たな人の輪が豊かに広がっている。
SNSで販売日を知り、会いに来る若者も。何のしがらみもなく話せる安心感が漂う。そんな人間同士の交流が即興舞台のように起きている。
今年65歳。「この年になると、通常の社会復帰は簡単じゃない。年齢だけじゃなく、それぞれの事情ですぐに立ち直るのが難しい人もいっぱいいるし、人間は複雑」
50代の頃、母の介護で離職し、母の死を機に家を失った。図書館で見た「路上脱出ガイド」で、この仕事を知った。
以後、地道に雑誌販売を続けて、このほど住まいを得た。現在は仕事をかけもちして、何とか家賃を払っている。
「今の生活まで戻れたのはビッグイシューのお陰です。意識的な改革もされました」
その意識について「大層なもんじゃないんです、ははっ」と場を和ませ、こう口にした。
「生きていく意識がついた」
この雑誌を売るのが好き。国際記事から読者の声まで、毎号読むうち、これまで知らなかった世界を学び、見方が広がった。ビッグイシューを通して、社会貢献の意識が芽生えた。昨年からは子ども食堂の運営に関わり、元板前の腕を生かして調理も担う。
「人生最後の道を見つけた」と前を向く。(ライター・桝郷春美)
※AERA 2023年6月12日号