ビッグイシュー販売者 山田裕三(やまだ・ゆうぞう)/大阪市出身。元板前。2013年から販売者となる。19年から長谷川書店(大阪府島本町)で出張販売を開始。京都の街角でも販売するほか、学童保育の送迎アルバイト、子ども食堂2カ所の運営を担う(撮影/MIKIKO 取材協力:長谷川書店水無瀬駅前店 路上脱出・生活SOSガイド https://bigissue.or.jp/action/guide/)
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 全国各地のそれぞれの職場にいる、優れた技能やノウハウを持つ人が登場する連載「職場の神様」。様々な分野で活躍する人たちの神業と仕事の極意を紹介する。AERA 2023年6月12日号にはビッグイシュー販売者 山田裕三さんが登場した。

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 路上が職場。生身で「立つ」から販売は始まる。売るのは雑誌「ビッグイシュー日本版」。ホームレス状態の人の仕事をつくり自立を応援するストリートペーパーとして英国で始まり、日本版は2003年創刊。販売者となって通算7年。

 当初は立つのに抵抗があった。知らない人は「何だろう?」と不思議そうな顔で見る。多くの目線に怖じ気づく。しかし立てば、売れる。これまで売り上げゼロの日はない。

 大事なのは「まちの風景になじむ」在り方。日常になるよう「立つ努力」をする。

「同じ日、同じ時間に必ずいるのが大事」

 そのうち「ビッグイシューを正しく知ってもらいたい」という思いが上回った。購読者には「路だより」という手書きの通信を添える。日記や料理レシピを綴った、その便りを楽しみに来る人もいる。

 4年前から隣町の長谷川書店で出張販売も行う。路上では声を出したり、本を掲げたりするが、書店では立つだけで存在感がある。本が好き、支援したいなど互いの客の眼差しが交差し、新たな人の輪が豊かに広がっている。

 SNSで販売日を知り、会いに来る若者も。何のしがらみもなく話せる安心感が漂う。そんな人間同士の交流が即興舞台のように起きている。

 今年65歳。「この年になると、通常の社会復帰は簡単じゃない。年齢だけじゃなく、それぞれの事情ですぐに立ち直るのが難しい人もいっぱいいるし、人間は複雑」

 50代の頃、母の介護で離職し、母の死を機に家を失った。図書館で見た「路上脱出ガイド」で、この仕事を知った。

 以後、地道に雑誌販売を続けて、このほど住まいを得た。現在は仕事をかけもちして、何とか家賃を払っている。

「今の生活まで戻れたのはビッグイシューのお陰です。意識的な改革もされました」

 その意識について「大層なもんじゃないんです、ははっ」と場を和ませ、こう口にした。

「生きていく意識がついた」

 この雑誌を売るのが好き。国際記事から読者の声まで、毎号読むうち、これまで知らなかった世界を学び、見方が広がった。ビッグイシューを通して、社会貢献の意識が芽生えた。昨年からは子ども食堂の運営に関わり、元板前の腕を生かして調理も担う。

「人生最後の道を見つけた」と前を向く。(ライター・桝郷春美)

AERA 2023年6月12日号

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