
時代が進むにつれ、スポーツの仕組みも変わりつつある。近い将来、どんなテーマがクローズアップされ、何が起こるのか。IOCアスリート委員・太田雄貴さんが課題と展望を語った。
* * *
日本のスポーツ界では、アスリートがファンから直接資金的な支援をされることは、特に五輪スポーツではほとんどありません。アスリートの競技生活を支えているのは、所属企業やチームです。競技団体(協会)から給与が出ているのは私が知る限りでは、相撲協会ぐらいです。どこを向いて競技をするのかを考えた時に、ファンが第一になりにくい構造が長く続いてきました。
最近、多くの競技団体でスポンサー企業が協賛を降りたり、支援を停止したりしています。試合で結果だけを残せば良かった時代は終わりを迎えようとしています。
一方で、企業が解決したい社会課題に、アスリートやスポーツ団体の持つ資質をかけ合わせると解決できると判断された時には、企業との間にwin-winの関係を創ることができます。Jリーグのクラブを自治体や地域に利用してもらう社会連携活動「シャレン!」がいい例でしょうか。
■選手とファンがつながる
大切なのは、その競技、チーム、アスリートにどれだけファンがついているか。「会いに行けるアスリート」とまでは言いませんが、多くのファンに応援してもらえるよう、選手自身が能動的に動くべき時がきています。選手がファンと直接繋がっていく取り組みも今後強化する必要があると思います。
僕は経歴だけ見るとピッカピカなんです。フェンシングで日本人初の五輪メダルを獲り、世界選手権で優勝。引退後の2017年に日本フェンシング協会会長に就任し、21年8月にはIOCアスリート委員に選出されました。
しかし、世界ランキング2位で迎えたリオ五輪は初戦敗退。自分自身への失望と周囲をがっかりさせてしまったことが、心にのしかかり、リオ後2年くらいは、あの日に戻った夢を何度も見ました。自分の中では、うまくいかなかったことの方が多いかな。
日本フェンシング協会の会長としては、全日本選手権の日程や演出に工夫をこらし、総入場者数を前年の5倍にまで増やすことができました。でも、選手やコーチ、協会関係者との対話は圧倒的に足りなかったと反省しています。
引退後の人生については今も深い根っこの部分はモヤモヤしています。これが今、そしてこれが今後「本当にやりたいことなのかな?」と。誰もがキャリアについて悩むことがあるのと同じだと思います。
■ビジネスモデルが変わる
スポーツ界では年々、電通のビジネスモデルが通用しにくくなっています。「電通がダメだ」と言いたいのではありません。電通の功績は非常に大きく、日本で主要なスポーツイベントを無料で観ることができるのは、電通が放映権をすべて買い取ってきたからです。ですが、放映権料は高騰を続けていて、ネットフリックス、Amazonプライム、DAZNなどの有料配信サービスが増えています。視聴率が取れなければ放映を見送るテレビ局が出てくるのは自然な流れです。
その結果、お金を払ってスポーツを観ることになる。課金に慣れていない日本人のスポーツファンに見たいと思ってもらえるような仕掛けと人材育成が鍵になるでしょう。
■少子化と課題
少子化が直撃し、多くの競技団体で子どもの競技人口が減少中です。増やすのは大変なので、最適化することが重要です。運動能力が高い子は、野球やサッカーに流れがちですが、甲子園で優勝できるのは1校だけ。別の競技をやればトップに立てる選手は必ずいます。東京五輪フェンシングの金メダリスト4人のうち、見延和靖は中学までバレーボール、加納虹輝は小学生の頃は体操をしていました。
各地で才能発掘事業が始まっていますが、現時点ですでに特定の競技に真剣に打ち込んでいる子は、その場に出てこない。だから、まずはシーズンスポーツ方式がよいでしょう。夏は野球、冬はスキーなど、いくつも経験する習慣が広がればいいですね。
AI環境の加速により、今後、人間は仕事から解放され、好きなことをする時間ができます。ぜひその増える時間で身体を動かしてみましょう。散歩やトレッキングでいいのです。勝つことを追求するばかりがスポーツではありません。もっとカジュアルに、ライフスタイルのひとつの選択肢になればいいな、と。それが結果的にスポーツ界における日本の競争力の向上にもつながると考えています。
(構成 編集部・古田真梨子)
※AERAオンライン限定記事