日本のエンタメ業界の中で、勢いが衰える気配を見せないのがBL(ボーイズラブ)のジャンルです。男同士の恋愛・性愛関係を描いた作品を指し、もとは少女漫画の世界から発生しました。しかしその人気は近年に始まったものではなく、日本の歴史に脈々と受け継がれてきたものだと古典エッセイストの大塚ひかりさんは言います。著書『ヤバいBL日本史』では、「日本の古典文学や演劇を見ていくと、日本文化の真髄はBLのキモたる『腐』の精神、妄想力にあったと気づいた」(同書より)と記しています。
驚くべきことに、それは日本神話の時点にまで遡って考えることもできるようです。同書では、男装した女と男(弟)との子作りや男同士のじゃれ合いといった箇所にBL的な萌え要素が感じ取れるほか、最古の国作りの神であるオホナムチとスクナビコナの男二人のコンビは、バディものの元祖ともいうべき存在だという見方を示しています。
さらに大塚さんは古代文学の名作『源氏物語』についても、女目線の性の世界が描かれたBL抜きには語れない作品だと言います。たとえば『源氏物語』には、兵部卿宮という男性が、主人公の源氏に対し「女にて見ばや(源氏を女にして見てみたいものだなぁ)」と感じる場面が出てきます。いっぽうの源氏も兵部卿宮に対し、「女にて見むはをかしかりぬべく(この宮を女にしてヤレたらさぞ面白いだろうなぁ)」との思いを抱いている。「平安時代の美意識は女性美に力点を置いていたからこんな表現が生まれた」(同書より)というのが通説だそうですが、大塚さんは「これを、女目線で男同士の関係性を楽しむ『BL』――ボーイズラブという切り口で説明すると、一気に『分かる』感が増してくる」(同書より)と考えます。当時、『源氏物語』の読者といえば圧倒的に女子が多数。彼女たちが物語を読みふけりながらふたりの関係性に胸をときめかせる姿は、現代に生きる私たちも自然に思い浮かべることができるのではないでしょうか。
ほかにも、同書では『古事記』『万葉集』『平家物語』『雨月物語』など数々の古典文学や史料を題材に、「腐」を軸とした視点から新たな日本史の解釈を試みています。「院政期には政治を動かすほどの男色ネットワークがあった」ことなどは学校の授業ではけっして習わないものですが、こうした背景から史実を読み解くほうが解釈がしっくり来るものもありそうです。「BLというと、歴史の裏側的なイメージがありますが、大動脈を貫いている。BLは日本史の表街道とさえ言える」(同書より)とは、あながち間違いとは言えないかもしれません。これまでと少し違った視点で日本の文学や歴史を見てみたい人にとって、同書は興味をそそられる一冊になることでしょう。
[文・鷺ノ宮やよい]