尾崎夫人の文章は、予想以上に叙情的で耽美でポエトリー。もはや「付ける薬がない」くらい確信に満ちた愛の描写は、私が抱いてきた「尾崎豊夫妻」に対する好奇心を充分に満たすものでした。

 ファンや世間は尾崎豊のことを「尾崎」と呼びますが、繁美さんは一貫して「豊」と記します。しかも文章的に「彼」「あの人」とした方がしっくり来るような部分でも、ひたすら「豊」。

 後にも先にも二度と現れることはないであろう稀代のロックスターが26歳で急逝して31年になります。「尾崎」という存在や世界観は聴く者すべてに平等であっても、一男性としての「豊」は、やはり繁美夫人ただひとりのもの。少なくとも繁美さんはそのつもりでいらっしゃることが分かっただけでも、何時間もかけて読んだ甲斐がありました。そして、私がどうしても尾崎豊の音楽と真正面から向き合えない理由みたいなものも、ここへ来てようやく分かった気がしました。「生」に対するあらゆるプロセスが、いちいち真摯でストイックで「めんどうくさい」のです。

 でも、面倒臭がりの私からすると、あそこまで自分や他人に期待したり絶望できるというのは少しだけ羨ましかったりもします。

ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

週刊朝日  2023年5月19日号

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