政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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仇敵の中東の大国、サウジアラビアとイランの関係正常化は、国際関係に計り知れないインパクトを与えそうです。
イスラム二大宗派(スンニ派とシーア派)の対立は、イスラムの歴史を形作ってきたと言えるほどのテーマでしたが、その両派が歩み寄りました。世界最大級の宗教人口を占めるイスラム教徒のネットワークは、ヨーロッパも含めて東南アジアから南インド、中央アジアに至るまで地球規模に広がっています。中東の二つの大国の和解は、イスラムの一体化を促すことになるはずです。
両国の正常化を中国が仲立ちしたのですから、その国際的な威信はこれまで以上に高まっているはずです。考えるべきは、なぜ米国はこうした役割が果たせなかったのかということでしょう。
突き付けられているのは、価値観だけで世界の「こちら側」と「あちら側」を分断し、一方に対する制裁や排除、他方に対する全面支援といった戦略的選択の有効性の限界です。結局、価値観を国際政治に持ち込み、それで世界を取り仕切ろうとすれば、究極的には戦争や革命、内部崩壊によるレジームチェンジしかなく、その代償がどんなに大きいかは、イラクやアフガニスタンを見れば明らかです。
他方、中国のやり方は「内政には一切干渉せず、外側の国に対して侵略行為や主権領土を侵害しなければ対等に付き合う」という原則です。つまり中国は、価値観で動いていないわけです。違った価値と併存しつつ、その上での対応をしていますから、当然、多くの国々は中国になびいてしまうわけです。
米国流の「普遍的な価値」で結束しているとされるG7と西側諸国がジリ貧になりつつあることに目を向けるべきです。デモクラシーの超大国が、「普遍的な価値」の「宣教師」となってその受容を迫り、他方、革命によって誕生した「共産主義」の大国が「非西欧的な」価値の「保守」を容認し、さまざまな価値の共存を容認しているのですから、歴史の逆説としか言いようがありません。日韓も二国間の懸案もさることながら、こうした二つの大国の「流儀」にどんなスタンスで臨むのか、それが問われています。
◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
※AERA 2023年3月27日号