この本を読むと、議論がいかに難しいかが、イヤッというほどよくわかる。『アは「愛国」のア』。森達也と6人の若者たちが語り合った激論バトルの記録である。テーマはズバリ「安倍的なるもの」。
 参加者は雑誌編集者のAさん、会社員のBさん、大学生のC君とD君、契約社員として働くEさん、そして司会者。森達也以外、年齢や性別などのプロフィールがいまいち不明な点が観客としては不満だが、見どころは議論のかみ合わなさである。
 新聞やテレビ離れとネット活用、安倍支持率の高さの間には相関関係があるのではないか、というAさんの発言に対してBさんいわく。
〈新聞やテレビといった「マスゴミ」は、本当のことを伝えないじゃないですか。朝日新聞は、従軍慰安婦をはじめ、反日的な記事しか載せない。(略)テレビはもっとひどい。在日系企業である電通がテレビを牛耳っている以上、どうしたって韓国や中国寄りになる〉。いきなりそれかい。〈電通って在日系企業なんですか?〉〈悪いけど、ほぼ陰謀論〉という森のツッコミにも、Bさんは頑として自説を曲げない。
 あるいは、首相の靖国参拝について。〈行くのがいいとも悪いとも思いません〉というC君、〈どっちでもいいというのが正直な感想です〉と答えるD君に対し、Bさんは毅然と〈国のために戦って、命を落とした先人たちを悼むことに、なぜ中国や韓国が文句を言うのか〉。
 知識レベルがあまりに違うので、参加者が不利なのはわかる。が、明確な意見を持っているのは、ある種紋切り型の思想に染まったBさんだけで、あとの4人はどっちつかず。むしろ調整に腐心している印象だ。これが現実なんですね。
 とはいえ似たような意見の持ち主が集まった予定調和の政治談義よりずっとスリリング。〈そんなからくりなんて、はっきり言ってどうでもいいんです〉。Bさんの決めぜりふである。でもこれ、右の人も左の人もいいそうだもんな。ため息。

週刊朝日 2014年10月24日号

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