ニューヨーク・ポストで記者として活躍していた著者は、あるときから仕事のミスが増え始め、妄想、幻聴に悩まされるようになった。そして突然泡を吹いて昏倒する。当時の混乱した記憶をたどり、家族や医師にも取材、一カ月に及ぶ壮絶な闘病と、著者を襲った謎の病の正体を追った衝撃的ノンフィクション。
 誰かれなく口汚く罵り、狂ったように暴れる姿はまるで悪魔に取り憑かれたよう。だが、あらゆる検査をしても異常がなく、原因がわからない。ある医師が著者に時計の絵を描かせてみると、数字を全部右半分に描いたことから、ついにこの病気が数年前発見されたばかりの特異な脳炎であることをつきとめる。
 著者の人格と認知能力が恐るべき速さで壊れていく様子もさることながら、驚くのは回復しても当時の記憶が事実か妄想か自分では判別する術がなく、いま見ていることも本当は妄想ではないかという疑念を拭えなくなったこと。何が現実なのか、自分という人格は本当に存在するのか。すべてが脳という不可解なものによってのみ成立することを、背筋が凍るような思いとともに知る。

週刊朝日 2014年9月26日号